研究課題/領域番号 |
24243070
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研究機関 | 京都市立芸術大学 |
研究代表者 |
津崎 実 京都市立芸術大学, 音楽学部, 教授 (60155356)
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研究分担者 |
入野 俊夫 和歌山大学, システム工学部, 教授 (20346331)
堀川 順生 豊橋技術科学大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (50114781)
竹島 千尋 桜美林大学, 公私立大学の部局等, 助手 (80583450)
宮崎 謙一 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 教授 (90133579)
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研究期間 (年度) |
2012-05-31 – 2017-03-31
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キーワード | 絶対音感 / 加齢効果 / 聴力損失 / ピッチ知覚 / 聴覚モデル / 基底膜 / 聴神経の位相固定発火 |
研究概要 |
平成25年度の実績のうちの最大のものは,10代から50代(以上)までの絶対音感保有者を集めて絶対音感の精度,気導聴力検査,耳音響反射を利用した聴力検査を実施し,基本データベースを構築できたことである。これらの実験参加者のデータを解析した結果,先行研究が事例的に示していた加齢に伴う絶対音感判断の上方へのシフトについて明らかにその傾向があることが確認できた。 実際には,この課題申請後に海外の研究者達がWEBベースで大規模な実験を実施した結果として絶対音感の加齢によるシフト現象を確認していたことが分かっているものの,彼らの実験では絶対音感判断課題しか実施していないため,現象の存在だけが確認されたレベルに留まっており,加齢性絶対音感シフトの発生機序に関してはモデルを提案するレベルしているだけで,それを検証するには至っていない。 これに対して本課題で昨年測定した各実験参加者の気導聴力検査の結果は加齢性絶対音感シフトと加齢性聴力損失との関連性が見いだせないことを示した。加齢により聴覚系の最も初期段階の蝸牛基底膜の機械的特性が変化し,それが加齢性聴力損失に繋がっていることがよく知られており,加齢性絶対音感シフトもこの基底膜の機械特性の変化と関連するのではないかとの仮説が提案されている。今回の実験結果はその仮説にとっては不利な証拠となるものである。加齢性聴力損失については必ずしもすべてが基底膜の機械特性の変化に起因するものと断定するのは危険であるものの,通常の気導聴力検査に加えて耳音響反射を利用した聴力測定も実施しているため,そのデータを今後詳細に分析をすることにより今回の実験参加者に観察された加齢性聴力損失の発生機序をより厳密に吟味することに繋がる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
基本となる多年齢層に渡る絶対音感保有者の絶対音感精度に関して検証に耐えるデータを収集できたことは当初の目的を達成するための大きな礎となる。申請当初は,この現象の再現性自体についても確信が持てない状況であり,共同研究者の中にも場合によっては見当違いなテーマの課題に参加してしまったのではないかという不安感もあったと想像する。さらに,加齢性絶対音感シフトが従来よく知られていた加齢性聴力損失とは独立の現象である可能性が出てきたことにより,代表者を含めて研究チーム全体の知的探求心が一層高まってきている雰囲気を感じている。 今まで実施した実験計画そのものは非常に単純なものに留まっている。だからこそ,専門外の方にも分かりやすい力強さがあることにはなるが,専門分野の人間からのより精密度の高い批判に耐えるための検証は今後必要となってくる。そのためにも今後ともの参加が可能である形態で実験参加者のプールとその基本データベースを構築できた意義も大きい。この実験参加者プールを活用すれば,今後より実験的意味合いの高い刺激を用いた心理物理学的な実験を加齢性絶対音感シフトを示した実験参加者に対して実施していくことが可能となる。 今回のピッチシフト現象を説明する仮説のひとつには聴神経における周波数の時間的符号化の変容の可能性が考えられる。この仮説を検証するための電気生理学的動物実験については,まだ有効な信頼性をもつレベルに至るだけの数量のデータは取るには至っていないものの,施術法に関しては次第に安定性を確保していく方向へ動いている。 一方で聴覚初期過程の数理モデル班にとっては,知覚現象の存在と模擬すべきデータが確定したことになり,今後の相互活性的な展開が期待できる。既に,神経発火の不応期の存在によってピッチ知覚の時間的な符号化に何らかの影響を及ぼしうるかという点についての検討が進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
今後重点としては電気生理学的実験によって聴神経の位相固定発火の加齢に伴う変容について検討することを近々の重点課題としたい。既に他研究チームによって計測されているデータも存在するようであり,これらのチームとの交流を取ることで,場合によってはデータの交換なども眼中に入れ効率的な生理学的基礎データの収集に努める。 そのようなデータを用いて,ピッチシフト現象を説明するための計算機モデルの構築を進める。 この計算機モデルの各モジュールの設計と,それらの間の関係性を構想し,さらに各種パラメータを最適化するために必要な基礎データを集めるための心理物理実験を開始する。まず第一段階としてこれまでピアノ音だけを用いていた絶対音感試験に純音を用いた場合,調波複合音を用いた場合,反復リプル雑音を用いた場合などを加えることによって加齢性の絶対音感シフトの出方の違いを観察する。これまで観察した加齢性の絶対音感シフトについてさらに謎が深まった側面は,そのシフトが同一実験参加者の中でも一律に生じているわけではない点である。この不均衡性についてはどこか特定の周波数領域に偏るという単純な形態ではなく,例えばある実験参加者の例ではピアノの白鍵についてのみ頻繁に観察され黒鍵ではほとんど観察されなかった。これはなんらかの学習性の要因が基本的な聴覚特性の変容と複雑に絡み合ってピッチシフト現象を生んでいることを示唆する。この部分の切り分けをしっかりとすることが今後の課題となる。また,仮にそのような部分的なピッチシフトが生じているのであれば,絶対音感ではなく相対音感の判断誤りも加齢に伴って生じうることとなる。その点についても追究できる実験計画をしたい。
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