研究課題/領域番号 |
24245001
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
河野 裕彦 東北大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (70178226)
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研究分担者 |
菱川 明栄 名古屋大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (50262100)
小関 史朗 大阪府立大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (80252328)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 電子波速動力学 / 反応動力学 / 光波形整形 / 軌道化学ポテンシャル / 多電子ダイナミクス |
研究実績の概要 |
LiH分子を対象に近赤外2サイクルパルス中の電子ダイナミクスのシミュレーションを行った。パルスの異なった搬送波位相に対する計算から,H原子核側に局在化した電子はLi原子核側にイオン化しやすいことが確かめられ,Li側に最も大きくポテンシャルが傾くような位相を選べば高次高調波の強度を増幅させることができた。また,複数の価電子軌道を持つCO分子では,誘起双極子の搬送波位相依存性が軌道によって異なることを見いだした。 レーザー場中における分子軌道間の相互作用を軌道間のエネルギー交換で定量化する手法を,非断熱遷移を含む化学反応に拡張した。NaHの光解離反応に適用し,擬交差通過後から4シグマと5シグマの分子軌道の占有数と化学ポテンシャルが同周期で振動し,これらの軌道の変化が価電子のダイナミクスを決定づけていた。一般に,非断熱遷移により形状が大きく変化する分子軌道の対が存在することがわかった。 X線自由電子レーザーとナノカーボンの相互作用にも研究を広げ,内殻励起によって生成するフラーレン超多価カチオン(電荷= 20~60)の解離機構を解明した。この電荷領域では,原子カチオンが10fs程度で放出されるクーロン爆発が起こり,続いて分子フラグメントの脱離が起こるという2段階機構を明らかにした。また,クーロン爆発が解離直前の分子構造を鋭敏に反映することに基づいて,ナノ分子の構造変化をフェムト秒オーダーでイメージングする手法を提案した。 実験グループは,高強度近赤外レーザー場におけるNO分子の電子状態変化の直接観測を目指してUVパルスをプローブとした時間分解光電子分光を行った。得られた光電子スペクトルには近赤外強レーザー場によって生成した電子状態に起因する複数のピークが明瞭に観測され,強レーザー場との相互作用によって励起状態が優先的に生成することを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
レーザー場中の分子の電子ダイナミクスの研究においては,開発した多配置時間依存Hartree-Fock法を使って,パルスの搬送波位相の変化による高次高調波の強度制御のシミュレーションを行った。CO分子の場合,誘起双極子モーメントの搬送波位相依存性が分子軌道によって異なっており,搬送波位相を変化させることによって異なる軌道からの高次高調波スペクトルへの寄与を制御できることを明らかにした。これは実験結果から提案されていた高次高調波発生における複数軌道の関与を理論的に裏付けるものである。以上の結果は,双極子モーメントの時間変化を反映した高次高調波スペクトルから電子の動的な情報を抽出できる可能性を示唆しており,本研究は順調に進んでいる。 化学反応系における電子の動きの理解についても進展があった。NaHの光解離反応の場合,擬交差通過後から時間変化する4シグマと5シグマの分子軌道の占有数と化学ポテンシャルが同周期で振動し,これらの軌道の変化が分子全体の電子ダイナミクスをよく反映していることがわかった。非断熱遷移により形状が変化する分子軌道の対の間で占有数とエネルギーを交換するという軌道間相互作用を取り入れた1体描像を確立した。 フェムト秒オーダーの時間分解能をもつクーロン爆発イメージング法も考案した。この手法は,時間の異なる2つの2次元フラグメント運動量分布の共分散を計算することによって,分子形状の時間変化を抽出する斬新な手法である。とくに,C60の近赤外レーザー誘起コヒーレント振動のイメージングに原理検証として取り組んだ結果,C60の偏長・扁平振動による構造変化を明瞭に運動量分布から抽出することに成功する大きな進展があった。 実験グループも,3次元コインシデンス光電子運動量画像計測を行うための引き出し電場形状を再検討して新たに多段電極の設計・製作を行うなど,着実に研究を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
H27年度も開発した多配置時間依存ハートリー-フォック(MCTDHF)法などの電子波束計算法を利用し,イオン化や化学反応における多電子ダイナミクスを配置特性エネルギーや時間依存軌道化学ポテンシャルを用いて定量化する研究を継続する。まず,MCTDHF法を用いて,二原子分子のイオン化確率の計算を行い,パルスの搬送波位相によって,分子軌道のダイナミクスや高次高調波がどのように変化するかCO分子などを対象として調べる。各分子軌道の運動を支配する一電子有効ポテンシャルを求める手法を確立し,電子相関がどのように影響しているかを定量化する。 化学反応に関連した研究として,ピラジンの非断熱遷移における軌道化学ポテンシャルの変化を求め,反応における電子配置間や軌道間のエネルギー交換を多電子ダイナミクスの視点から定量化する。非断熱遷移に際して,どの分子軌道が最も大きく変化するかを調べ,軌道の化学ポテンシャル変化や電子相関の観点から非断熱遷移における電子ダイナミクスを探求する。 H26年度に開発した2つの異なった時刻のXFEL誘起クーロン爆発の2次元フラグメント運動量分布から分子形状変化を抽出する方法を改良し,鋭敏性と安定性をさらに高める。より複雑なナノ分子(たとえば,DNA分子)のダイナミクス抽出につなげるため,クーロン爆発直前におけるC60の電荷分布と生成フラグメントの運動量分布にどのような相関が見られるかについて詳細な解析を進める。 実験グループは,前年度に引き続きコインシデンス運動量画像計測系を用いてNO分子の光電子分光を行う。フラグメントイオンでラベルした光電子画像の計測に加えて,励起状態の生成を直接プローブレーザーで観測する。強レーザー場パラメータを変化させると光電子スペクトルがどのように変化するか調べ,その原因となる強レーザー場中の電子ダイナミクスの詳細を明らかにする。
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