研究課題/領域番号 |
24245007
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
関口 章 筑波大学, 数理物質系, 教授 (90143164)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | ケイ素-ケイ素三重結合化合物 / 高周期元素化学 / 多重結合 / π電子化合物 / X線結晶構造解析 |
研究概要 |
ケイ素-ケイ素二重結合化学種ジシレンの合成・単離が達成されて以来、高周期14族元素における多重結合化学種の化学は目覚しい発展を遂げてきた。ケイ素-ケイ素三重結合化合物ジシリンの構造や反応性の解明はケイ素-ケイ素三重結合の本質的な性質を理解することにもつながるだけでなく、これまで合成困難であった新規含ケイ素不飽和化学種の合成へと応用できると考えられる。本年度は、ジシリンとプロトン性有機小分子であるカルボン酸及びアミドとの反応を検討し、カルボニル基での環化付加反応より付加反応が優先して進行することを明らかにした。一方、高周期三重結合の化学はいずれも置換基・骨格共に対称なものに限られていた。本年度は、非対称三重結合化学種の化学の礎として、異なった二種の置換基を組み合わせた非対称置換ジシリンを安定な化合物として合成、単離することに重点をおいて検討を行った。その結果、置換基としてDsi2NpSi基及びDsi2iPrSi基を用い、それらを組み合わせたテトラハロジシラン前駆体を合成し、その還元反応によって非対称三重結合化学種を緑色結晶として合成することに成功した。本年度の研究によって、置換基が非対称なケイ素-ケイ素三重結合化合物ジシリンを初めて合成・構造解析したことは、高周期多重結合の化学において重要な知見を与える研究成果をあげることができた。非対称置換ジシリンの分子構造は、対称置換のジシリンと同様にトランスに折れ曲がった構造であるが、最も大きな違いは、中心のケイ素NMRの化学シフトである。この化学シフトの大きな違いは、非対称置換ジシリンの電子的要因が大きく構造に影響していることが明らかとなった。非対称三重結合化学種の分子構造・物性の検討からケイ素-ケイ素三重結合に電子的寄与が存在することを明らかにしたことは高周期元素化学に多くの知見を与え、比較元素論の観点からも非常に重要な知見を与えることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ケイ素-ケイ素三重結合化合物ジシリンは、特異なπ空間を創出し、新規な反応場を形成することを明らかにしてきた。ジシリンの構造はトランスに折れ曲がったケイ素-ケイ素三重結合であり、そのπ軌道が炭素アセチレンと比較すると著しく異なることに起因した特徴、反応性を示すことを見出してきた。本研究成果を通して、ケイ素-ケイ素三重結合化合物ジシリンの化学は、その構造や特異な反応性から日本初の化学として国際的に評価される研究分野となっている。ジシリンの化学を発展させるためには、ジシリンをただ合成するだけでなく、安定な化合物として合成することが必要不可欠である。今回、今まで達成できなかった非対称に置換した三重結合ケイ素化合物ジシリンを安定な化合物として合成、単離することを重点的に検討した。新たな合成戦略として、ヘテロカップリング反応が困難であることを考慮し、まず初めにケイ素鎖を伸長してジシラン骨格を作り、脱離基を導入して、アニオンとの求核置換反応により非対称置換テトラヒドロジシランを段階的に合成した。非対称置換テトラブロモジシランの合成の検討では、立体障害の影響でトリブロモ化までしか進行しないなどの問題があった。しかし、反応活性で小さいハロゲンである塩素を用いた非対称置換テトラクロロジシランの合成を検討したところ、Dsi2iPrSi基、Dsi2NpSi基、Dsi2MsiSi基、いずれを組み合わせたテトラクロロ化反応は速やかに進行し、良好な収率でテトラクロロジシランを単離することに成功した。還元剤も種々検討し、Dsi2iPrSi基とDsi2NpSi基をもつテトラクロロ体を4当量の還元剤(KC8, LiNp)と反応させることによって非対称置換したジシリンの合成を達成することができた。非対称置換したジシリンは、対称置換ジシリンと比較して安定性は低く、構造異性体であるシクロトリシレンに室温で徐々に異性化することが明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
現在のところ本研究課題は順調に進展しており、研究計画の大幅な変更等は必要ないと考えられる。特に、非対称三重結合ケイ素化合物ジシリンの分子構造・物性の検討からケイ素-ケイ素三重結合のπ結合に電子的寄与が存在することを明らかにしたことは、折れ曲がった構造により生じた特異な電子構造に起因する分子構造、分光学的性質、反応性等が明らかにすることができた。高周期典型元素多重結合化合物に関する定性的な理解は格段に進歩したものの、より詳しく定量的に構造と反応性の相関を明らかにしていくためには、置換基の種類や構成元素の組み合わせを変化させ、その構造や物性を解明していくことが必要である。構造に関しては、従来の単結晶X線構造解析やNMR、電子スペクトル、電気化学分析に加え、固体NMRやシンクロトロン放射光を用いた電子密度解析などの理論化学や固体物性科学との連携を強める必要がある。今年度の研究成果として異なる置換基をもつ非対称に置換した三重結合ケイ素化合物を合成することに成功し、非対称置換ジシリンもトランスに折れ曲がった構造であるが、最も大きな違いは、中心のケイ素NMRの化学シフトに大きく影響することを明らかにした。今後、非対称置換ジシリンのスペクトル解析、電子密度解析などによって、高周期典型元素屈曲三重結合における非対称π結合の存在が明らかにしていく。また、非対称置換ジシリンへの付加反応の位置選択性や電荷の偏りおよびそれに基づく反応性制御などを検討していく予定である。
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