研究実績の概要 |
今年度は特に、SERSと伝導度の同時計測により顕著な成果が得られた。単分子接合形成時にはBDT分子振動に由来するラマンシグナル強度の局所的な増強が観測された。ラマンシグナル強度の増強は、局在表面プラズモン共鳴による電場増強と、分子―電極金属間の電荷移動による共鳴によって説明できる。単分子接合における環の収縮振動は、片側のチオール基がAu表面に吸着した場合と比べて20 cm-1程度レッドシフトした。振動モードのレッドシフトは、両側のチオール基が吸着した事で電極からBDTの反結合性軌道への電子移動量が増え、分子内結合の結合次数が低下した事を示している。SERS計測により、BDTが両端のチオール基を介してAu電極に吸着した構造で単分子接合を形成している事が明らかとなった。電流電圧特性をBreit-Wignerの共鳴伝導モデルを用いてフィッティングする事により、分子―金属間のカップリングの強さと、Auフェルミ準位-伝導軌道間のエネルギー差を求めた。これによりAu-BDT接合のE0は0.86 eV, Γは0.14, 0.052, 0.015 eVの3種類の値を取る事が分かった。先行研究との比較により3つのカップリング強度の差はAu表面におけるBDT分子の吸着サイトの違いによって説明出来る。ここで興味深いことに、最もカップリングの大きな接合でのみ分子接合のSERSが観測された。単分子接合形成時におけるカップリングと電気伝導度は正の相関を示し、分子内振動の波数はカップリングに対して負の相関を示した。カップリングと電気伝導度の正の相関は共鳴伝導モデルで明らかなように、大きなカップリング値が大きな電子透過率を与える事に由来している。カップリングと振動数の負の相関は、カップリングが強くなるほどAu電極からBDTの反結合性軌道への電子移動量が増える事で分子の結合次数が低下したためと考えられる。
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