研究概要 |
本年度は、核酸構造とその安定化エネルギー、及び核酸構造に結合する分子との相互作用エネルギーの観点から、核酸構造による生体反応の調節機構を『知る』研究を中心に行った。 生体内に存在しうる化学環境の効果を解析するために、分子クラウディング環境、高塩濃度環境、脂質共存環境などで核酸構造とその安定化エネルギーを評価した。その結果、分子クラウディング環境下において、テロメア領域の四重鎖構造間にあるリンカー配列が秩序立った構造をとり、数珠つなぎ状の四重鎖構造を形成することを見出した(J. Am. Chem. Soc., 134, 20060-9 (2012))。また、脂質膜で覆われた局所環境において四重鎖構造が安定化することも見出した(Chem. Commun., 48, 4815-7 (2012))。核内のようなDNAが密に存在する環境では、各四重鎖ユニットが安定化し、ゲノムDNAの保護に寄与していると考えられる。 タンパク質とDNA四重鎖構造との相互作用についても分子クラウディング環境下で解析を行い、四重鎖構造におけるループ塩基の水和が相互作用エネルギーに与える影響を解析した(Mol. Biosyst., 8, 2766-70 (2012))。水和に関しては、遺伝子発現調節に関わるリボスイッチ(RNA)においても、リガンドに応じてRNA構造が変化する際の脱水和が相互作用エネルギーに影響を及ぼすことを明らかにした(Chem. Commun., 48, 9693-5 (2012))。 さらに、転写により生じる新生RNAのヘアピン構造が、転写反応効率に与える影響をヘアピンRNA構造の安定化エネルギーの観点から解析した。その結果、ヘアピン構造が安定であるほど転写反応が抑制されることを見出した(Chem. Commun., 48, 5121-3 (2012))。
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今後の研究の推進方策 |
核酸構造が及ぼす生体反応への影響を解析する『知る』研究では、転写や翻訳など、遺伝子発現に直接関わる反応過程に焦点を当て、より詳細に核酸構造の安定化エネルギーとの相関として転写反応速度や翻訳反応速度を定量評価する。そのために、転写・翻訳伸長反応におけるシングルターンオーバー反応の解析手法の確立を進め、解析を続ける。また、『知る』研究を発展させ、細胞内においても核酸の特徴的な構造により、タンパク質の発現量や発現パターンなどが影響されうるか否かを検討する。細胞内のタンパク質発現への影響を評価するためには、蛍光タンパク質や発光タンパク質などのレポーター遺伝子を用いた実験系が適していると考えられるため、特定の核酸構造を形成する塩基配列を導入したレポーターベクターを構築し、細胞内でのタンパク質発現解析を行う。 核酸構造の熱安定性を変化させうる人工分子を『生む』研究へと展開するために、特定の核酸構造に結合することが既に知られている分子を用いて、転写や翻訳、あるいは複製といった生体反応過程を人工的に調節可能かどうか、in vitro実験系で試みる。特に、三重鎖構造、四重鎖構造、シュードノット構造、ヘアピン構造などを対象とし、どのような核酸構造を誘起することで効率よく生体反応を制御することができるのかを検討する。さらには、得られる知見を基に、核酸構造制御機能を有する新たな分子設計を行う。四重鎖構造に結合する分子に関しては、本研究課題の中でも安定化エネルギーへの影響を評価して総説としてまとめており(Chem. Commun., 48, 6203-16 (2012))、四重鎖構造を介した生体反応制御に関する研究成果は十分に達成可能と考えられる。また、『活かす』研究の一環として、核酸構造に結合する分子などを用いて、細胞内での遺伝子発現調節が可能であるか否かの見当も行う予定である。
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