研究課題/領域番号 |
24246013
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
福谷 克之 東京大学, 生産技術研究所, 教授 (10228900)
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研究分担者 |
笠井 秀明 大阪大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (00177354)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 表面 / 水素 / スピン / 異方性 |
研究実績の概要 |
本研究では,表面での散乱・反応におけるスピン状態分布をレーザー分光法を用いて観測することで,水素と表面との相互作用の詳細を明らかにし,散乱・反応におけるスピン機構を解明することを目的としている.本年度は,昨年度までに開発した水素原子・分子線装置のさらなる開発と金属酸化物表面および金属における水素吸着・付加反応に関する実験を行った. 昨年度の研究により,散乱角度分布計測における角度分解能の向上が課題あることが判明した.高輝度用パルスバルブを新たに導入し,またアパチャー系を改良することで,ビーム強度を維持してビーム径を1mmまで絞った.精密試料回転ステージに自動回転機構を取り付け試料角度の自動掃引を可能にし,さらにレーザー導入系を改良することで,角度分解能の向上に成功した.ビームの回転温度を測定し,回転温度が170K程度であること,さらにドップラー効果を利用してビームの速度が2500m/s程度であることを明らかにした. SrTiO3表面で回転量子数Jが0-3の状態に対してより詳細な角度分布を測定し,さらに温度を変化させることで300Kと60Kで角度分布が変化することを見いだした.Ag(111)表面においてJ=0,1の熱脱離スペクトルを測定し,両者のスペクトルが異なることを見いだした.1次摂動の範囲でポテンシャル異方性を解析し,異方性の大きさが-5meVであることを明らかにした.Pd(110)表面での水素会合反応を調べ,160Kで内部に吸収された水素が会合脱離することを明らかにした.この表面で炭化水素への水素付加反応を調べたところ,AuPdでは起こらなかった水素付加が生じることを見いだした.特に水素が内部に吸収されたときにのみ反応が生じることを明らかにした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
相互作用ポテンシャルを明らかにするために,水素分子の角度分布とともに熱脱離スペクトルの観測が有効であることが実験・理論から明らかとなった.角度分布については,高輝度用パルスバルブの導入,アパチャー系の改良,自動精密試料回転ステージの開発,レーザー導入系の改良,により分解能の向上に成功した.熱脱離スペクトルについては,四重極質量分析器に加えて,共鳴イオン化法を併用した回転状態別スペクトルの実験が有効であるため,イオン検出系を改良しさらに両者の同時測定が可能なシステムを構築することで測定に成功した.回転状態分布計測とドップラー計測によるビームの回転温度と並進速度の評価は問題なく成功し,装置開発に関して予定した課題はすべてクリアし目的を達成した. Ag(111)表面における回転状態別熱脱離スペクトル測定は,高精度の実験に成功し,さらに理論的な解析にも成功した.得られた結果は,従来のファンデルワールス理論では説明できず,水素分子の異方性ポテンシャルについてまったく新たな知見を得ることに成功した.SrTiO3表面で回転量子数Jが0-3の状態に対して得られた角度分布は,顕著なJ依存性を示しており,大きな異方性ポテンシャルの存在を示唆する.点電荷近似による理論解析からもその結果が支持される.実験としては十分目的を達成した.Pd(110)表面での研究では,バルクに吸収された水素と表面に吸着した水素に起因した会合反応を明確に区別して観測することに成功し,そのJ依存性の測定にも成功した.当初の目的を十分達成した.AuPdで観測できなかった炭化水素への水素付加反応の観測にも成功し,大きな成果となった.
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今後の研究の推進方策 |
これまでに開発した水素分子散乱装置に加えて水素原子線を用い,さらに回転量子状態弁別熱脱離分光を併用することで研究を進める.水素分子と同様,水素原子についても共鳴イオン化を試み,ドップラー効果を利用して並進速度の評価を行う.共鳴イオン化としては,真空紫外光による1光子共鳴と紫外光による2光子共鳴の2通り考えられる.前者については希ガスを利用した真空紫外光発生を試みる.SrTiO3試料については,冷却温度が60Kとなっておりより低温での実験が望ましく,冷凍機と試料との熱接触の向上をはかる. 試料としては,SrTiO3表面と対比させる目的でTiO2表面での実験を行う.TiO2にはルチル型とアナターゼ型が存在しいずれも光触媒としての水素分子生成能がある.SrTiO3表面と比較して幾何学的に凹凸の大きな構造を持つため,異方性ポテンシャルは大きいと期待される. SrTiO3表面と同様,電子線照射を利用して表面の欠陥濃度と電子状態を制御し,光電子分光をその評価を行うとともに,電子状態の異なるTiO2表面での水素分子の散乱,水素生成反応を調べる.Pd(110)表面については,一酸化炭素の今日吸着が水素反応に影響を与えるという予備的な実験結果が得られたため,この点についてより詳細な実験を進める.またPd(210)表面は,近年ドイツのグループによって分子状化学吸着が報告され,分子生成反応の前駆状態である可能性が指摘されており,この分子状化学吸着状態に関する実験を行う.Ag(111)と比較検討する意味で,ファンデルワールス力のより大きなAu(111)表面での実験に着手する.
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