東南アジアの樹上性マレイマイマイ属では、卵割の最初から左右逆に発生する鏡像型と実像型が同一の集団に共存する。内臓まで左右逆の二型が共存する現象は、カタツムリ以外の動物に類をみない。カタツムリでも99%以上の種・属は右巻か左巻のどちらか一方に固定している。樹上性有肺類のAmphidromus(マレイマイマイ)属は、その中で発生の鏡像型と実像型(左右二型)が同一種にみつかることが多いグループである。本研究の目的は、本グループで左右二型が持続的に共存するメカニズム、および巻貝一般に特徴的な鏡像進化を抑制・促進する要因を検証することにある。同一集団の右巻と左巻は、たとえ交尾できなくても、遅滞遺伝ゆえにゲノムを共有し、同所的には種分化しない。むしろ、多数派と交尾できない少数派が淘汰され、集団は単一の巻型に固定する。この原理に反する二型現象は、古典的なパラドックスとして知られる。長期的な左右二型集団の動態の追跡を継続し、雨季(5~10月)に方形区の二型頻度を調査し、頻度1:1からの有意なずれが安定して継続することをつきとめた。全暗条件での赤外線微速度撮影により求愛・交尾行動を記録する撮影技術を大きく改善した。結果として、右巻と左巻の間の交尾行動にみる、これまでに予測されたことのない特徴的な交接体位による交尾様式を記録することに成功した。求愛行動の段階で交尾予定の相手の左右性を判別していないことを明らかにした。特徴的な交尾行動により物理的に左巻と右巻の間の交尾が容易になることが判明した。これはこれまでに想定されてきた交尾行動による左右二型進化の制約に関する理解を大きく変える成果である。樹上性の天敵であるセダカヘビを用いた捕食実験により、左巻が比較的多く生息する地域ではセダカヘビが左巻の餌を識別し、捕食効率においてコストが大きな左巻の捕食を能動的に回避していることを発見した。
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