研究課題
不快な情動を他個体と共有すること(不快共感)はヒト以外の動物、たとえば、イルカやラットでもみられる。不快情動が他個体に伝わる、共有される特性には、個の生存をかけた進化的、適応的意義があったと考えられる。それに対し、快の情動を他個体と共有する特性は、ヒト以外の動物で明確な証拠は得られていない。なぜヒトは、快情動への共感とその神経機構を進化の過程で独自に獲得してきたのだろうか。この問いについて、本研究は、ヒトはきわめて未熟な状態で出生し、生後は養育者からの手厚いケアが不可欠である点に着目した。ヒトの養育行動には、母親以外の複数の個体によるコミットが不可欠であり、血縁をこえた利他性に支えられた「共同作業」として進化してきた可能性、そしてその基盤として、ヒト特有の心のはたらきである快情動への共感が重要な役割を果たしてきたという見方である。本研究の目的は、比較認知科学のアプローチからこの仮説を検証、考察することである。具体的な研究内容として、ヒトの乳児―養育者間インタラクション時の養育者側の心身の変動を、心拍、発汗、内分泌系等の生理指標、視線探索等の行動指標、および共感性尺度などの質問紙による心理学的指標を用いて数値化する。さらに、乳児―養育者間インタラクションについては、モーションキャプチャを用いた運動解析を行い、両者の関係を検証することも目指している。さらに、ヒトの養育特性を生物学的観点から捉え直すため、ヒトにもっとも近縁な動物種であるチンパンジーの成体を対象とした研究も行う。できるだけヒトと同一の生理、行動指標を用いて、とくに快情動への共感性について種差や個体差(共感反応の強弱レベル)の観点から検討を行う。これらの成果により、ヒトの養育行動における快情動共有の役割とその独自性、生物学的基盤の解明が期待できる。
2: おおむね順調に進展している
ヒト乳児の情動情報が養育者の生理、心理的側面にどのような影響を与えるかという課題については、複数の実験を終了し、現在国際誌投稿の段階に入っている。本研究の独創性を反映したユニークな視点、手法による結果が得られたため、当初の予定を超える順当な成果をあげたと評価できる。ただし、チンパンジーを対象とした実験では、本申請当初には計画されていなかった大規模改修工事が昨年度半ばから始まり、チンパンジーの居住環境が激変するなかで安定した内分泌、生理指標のデータ蓄積を行うことができなかった。予想を超えた事態とはいえ、現時点ではいまだ解析にたる十分なデータの蓄積が行なえていないことから、総合的に②と自己評価した。
最終年度となる今年度は、当初の全体計画を一部変更しつつ、いっそうのデータの蓄積を目指すとともに(前半)、重点課題を中心として成果の取りまとめを行う(後半)。チンパンジーを対象とした課題では、実施可能な範囲で内分泌系、生理系指標によるデータを蓄積する(研究1)。同時に、すでに得られている行動指標からのデータについては、今年度前半までに論文化を目指す。【研究1】チンパンジー成体(養育経験あり・なしの個体、計20個体)を対象に、他個体の視聴覚情動にかんする刺激を提示し、その前後の行動、心理、生理学的反応を計測する。具体的には、唾液サンプリングによる内分泌変動、刺激に対する視線・行動反応、飼育現場スタッフにより各個体の共感性印象評定を行う。これら異なる指標間の関係を検討し、養育行動と共感性との関係について、生物学的観点から考察する。ヒトを対象とした課題では行動、脳生理、心理指標によるこれまで得たデータをとりまとめ、複数の論文として公表する。昨年度より開始したヒト乳児―養育者のインタラクションパターンの運動および内部状態の解析については、今年度前半までに、できるだけ多くのデータを収集し(研究2)、後半には論文化を目指す。【研究2】生後半年~24か月のヒト乳児と養育者を対象に、身体にマーカーを装着してもらい、モーションキャプチャや心拍計によりインタラクション時の運動と内部状態の時系列的解析を行う。両者の運動と内部状態の変化がどのように関係するか(同期性)を数値化してとらえることで、ヒトの養育行動の特徴をインタラクションの観点から解き明かす。以上の具体的方策により、本研究の最終目的達成を目指す。
平成25年度には、研究対象の一部であるチンパンジーが生活する施設の大幅改装工事が開始されたため、チンパンジーの唾液等の解析試料や身体生理反応の計測にかんする実験計画が予定通りに進まなかった。そのため、物品費等で計上していた予算、および人件費を計画どおりに執行することが不可能となった。平成26年度は、工事の進捗にもよるが状況をみはからいつつ、心身が安定した状態となってきた個体から、計画していた調査を順次、実施を可能な範囲で進める。また、平成25年度からは、ヒト乳幼児とその養育者を対象とした相互作用の運動解析に新たに着手し、翌年からの本実験と本格的なデータ収集に向けたプレ実験を行ってきた。可能であれば本実験に至るため、物品費、人件費等の予算計上を行っていたが、十分なデータを得る段階には達しなかった。チンパンジーを対象とした調査、データ収集については、試料の解析と調査の補佐を行う人件費に予算をあてる。また、ヒトを対象とした調査では、本実験において十分なデータを収集し、解析を行うための謝金、調査補佐に対する人件費、効率よく解析をおこなうためのソフトウエアの購入にあてる。さらに、最終年度にあたる次年度には、昨年からの進行中の調査を含め、成果とりまとめのための論文執筆に集中的に取り組む。そのための英文校閲費予算が必要となる。
すべて 2014 2013 その他
すべて 雑誌論文 (12件) (うち査読あり 6件) 学会発表 (17件) (うち招待講演 12件) 図書 (2件) 備考 (3件)
Brain and Nerve
巻: 6 ページ: 印刷中
Infant Behavior & Development
巻: 36 ページ: 609-617
10.1016/j.infbeh.2013.06.005
PLos One
巻: 8 ページ: e67432
10.1371/journal.pone.0067432
巻: 8 ページ: e65476
10.1371/journal.pone.0065476
Early Human Development
巻: 89 ページ: 503-506
10.1016/j.earlhumdev.2013.03.006
PeerJ
巻: 1 ページ: e223
10.7717/peerj.223
Scientific Reports
巻: 3 ページ: 1342
10.1038/srep01342
発達
巻: 134 ページ: 95-102
Journal of Clinical Rehabilitation
巻: 22 ページ: 547-553
心理学ワールド
巻: 62 ページ: 9-12
遺伝
巻: 67 ページ: 20-25
ラジオ深夜便2013年11月号
巻: 67 ページ: 68-78
http://www.educ.kyoto-u.ac.jp/myowa/
http://www.educ.kyoto-u.ac.jp/myowa/en/index.html
http://www.educ.kyoto-u.ac.jp/aboutus/kouza/kyouikuhouhou/