研究概要 |
放射性炭素年代測定により古筆切の書写年代を求めその史料的価値を確定し,さらに,顕微鏡観察・元素分析によって原料・繊維幅・紙漉法・元素組成を求め,それらが等しいツレを蒐集することで,失われた古写本の一部分を復元することができる.本研究の目的はその方法を確立するところにある. 本年度は第一に,主として代表的古筆切について,微量炭素試料の14C年代測定を実施した.伝藤原佐里筆子日切,伝聖武天皇筆賢愚教切(大聖武),伝小野篁筆大寳積経切などの年代測定を実施した.大聖武・大寳積経切をはじめ,多くの代表的古筆切では,書跡史学的な視点から従来考えられている年代と一致する放射性炭素年代が得られている.しかし,伝藤原佐里筆子日切は平安時代ではなく近世の結果が示された.これは,漢字から仮名が形成される過程を知る上で重要な研究結果となった.また,切断された二種の絵巻物をつなげて制作された門之浦伝来絵巻の年代測定では,この資料が16世紀後半の南九州の歴史を知る上での貴重な資料であることが判明した. また第二に,大聖武・鑑真将来四分律等,放射性炭素年代が得られた代表的古筆切についての顕微鏡観察・元素分析を実施した.大聖武は,麻紙に釈迦の骨粉か香木の粉末を漉き込んだ料紙に書かれたものと考えられてきた.しかし,これがマユミを主体とした料紙であること,骨・香木ではなく樹脂状の物質が漉きこまれていることが判明した.また,鑑真将来四分律には黄色染料が料紙内に確認され,ツレの判定の基準となることが判明した.元素分析では,和歌集・物語の古筆切と経典の古筆切とで差異が確認された.すなわち,前者ではFe・Ti・Alが検出されるが,後者にはこれらが含まれていないという傾向が明らかとなった.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の実施計画では,代表的な古筆切についての微量炭素試料による放射性炭素年代測定・放射性炭素年代を測定された古筆切についての顕微鏡観察および元素分析が挙げられている.これらはともに問題なく推進されており,一方で,門之浦伝来絵巻・伝藤原佐里筆子日切の年代測定のように,H26年度以降の計画にある潜在的古筆切の年代測定による史料的価値の決定に関する研究例も蓄積されている.
|
今後の研究の推進方策 |
H25年度は,代表的古筆切の年代決定・顕微鏡観察・元素分析を継続し,その分析例を蓄積するが,顕微鏡観察・元素分析に重点を置き遂行する.H26年度は,鎌倉以前の稀少断簡である可能性のある潜在的古筆切の年代測定・顕微鏡観察・元素分析を遂行する.H27年度は,潜在的古筆切の年代測定・顕微鏡観察・元素分析を継続するとともに,その結果復元される散逸古写本を史料とした歴史学・古典文学等の研究課題の解明を行う.その成果を発表する二とで,潜在的でしかなかった古筆切の史料的価値が本手法により明確にされることが,実質的な新資料の発見となることを提示する.
|
次年度の研究費の使用計画 |
H24年度末に役務提供を計画していたが,繁忙期であったため,より低料金の閑散期であるH25年度前半へ変更した.直接経費次年度使用額分は,主にこの役務提供に使用し,H25年度の研究費は当初の計画通りに使用する.
|