がん微小環境を制御する因子として、細胞競合と呼ばれる現象が注目されている。細胞競合とは、生体内における細胞間の適者生存競争であり、相対的に適応度の高い細胞が低い細胞を積極的に排除する現象である。ショウジョウバエ成虫原基の上皮組織において、apico-basal極性が崩壊した変異細胞は正常細胞に近接すると細胞競合のloserとなり、組織から排除される。このとき、Eiger(ショウジョウバエTNFホモログ)遺伝子を組織全体で欠損させると、極性崩壊細胞はloserとして排除されないだけでなく高い増殖能を獲得してwinnerに転換し、周辺の正常細胞を駆逐しながら組織内を拡大する。これまでの本研究において、winnerに転換した極性崩壊細胞内でがん抑制経路Hippo経路の構成分子WartsがEiger-JNKシグナルによって制御されることを明らかにした。また、loser-winnerスイッチ現象を誘起する「場」を規定する因子の遺伝学的スクリーニングも進めてきた。本スクリーニングは、極性崩壊細胞と正常細胞の競合の「場」にランダムな染色体欠失変異を導入し、競合現象を正や負に制御する遺伝子を探索するものである。具体的には、極性遺伝子scribbleの変異により極性が崩壊した体細胞クローンを成虫原基にモザイク状に誘導した上で、成虫原基全体に染色体欠失変異をヘテロに導入し、細胞競合による極性崩壊細胞の排除が抑制あるいは促進される変異系統をスクリーニングする。これまでに、極性崩壊細胞の排除が抑制される染色体欠失系統(サプレッサー系統)を10系統以上単離することに成功し、さらにこれらの中から染色体欠失領域が互いにオーバーラップする領域(サプレッサー領域)を複数同定した。さらに、これらのサプレッサー領域内に神経軸索ガイダンスに関わる遺伝子群を含む複数の責任遺伝子を同定することに成功した。
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