研究課題
近年の海洋における微量元素の大規模な研究によって、海底熱水活動が海洋の鉄収支に大きな影響を及ぼすことが明らかになってきた。しかし、熱水プルーム中の鉄が長距離輸送されるメカニズムは十分に解明されていない。本研究では、海洋深層の熱水プルーム中の鉄(II)、鉄(III)濃度を連続測定するための現場分析システムを開発し、熱水起源微量金属元素の生物地球化学的循環過程を研究する。本年度は、中深層水中で鉄(II)を測定するための分析条件について検討を行った。表層水中の鉄(II)と深層水の鉄(II)を分析する場合の違いとして、水温、溶存酸素濃度、還元性化学種(硫化物等)の存在が挙げられる。これらのそれぞれの条件を変化させた場合、ルミノール化学発光による鉄(II)分析法にどのような影響が出るかを実験室において検討した。その結果、溶存酸素濃度を低下させた場合、分析計内での鉄(II)の酸化が抑えられ、分析感度が向上することが分かった。また、海水中の硫化物濃度が上昇した場合も、同様に分析感度が向上する。このため、表層水と同じ検量線を使って深層水や熱水プルーム中の鉄(II)濃度を計算した場合、過大評価となってしてしまう。本研究の結果に基づき、溶存酸素濃度、硫化物濃度を考慮して海水中の鉄(II)濃度を計算したところ、東部北太平洋中深層の溶存態鉄(II)は全溶存態鉄の17%以下となった。また、長崎県橘湾の沿岸熱水域において亜鉛の有機配位子を測定した。金属滴定法により有機配位子の濃度と安定度定数を求め、硫化物の影響を比較した。海水中に有機配位子が存在しなければ、大部分の亜鉛は硫化物として除去されるが、有機配位子が存在することにより、海水中の濃度が保たれていること明らかとなった。鉄(II)や銅についても同様のメカニズムが働いている可能性があり、それぞれの元素についてさらに検討が必要である。
2: おおむね順調に進展している
本年度の実験により、中深層水中の鉄(II)濃度を計算するための検量線作成法を開発することができた。過去の研究では深層水中の鉄(II)濃度を実際よりも高く計算していた可能性がある。この新しい検量線法により、深層に存在する熱水プルーム中の鉄(II)を正確に分析することが可能となった。信頼できる分析法の確立により、本研究は大いに進展する。また、この方法を現場型自動分析計にも適用することにより、熱水プルームの海洋深層における輸送過程をより正確に調査できると期待される。さらに、硫化物と有機配位子が亜鉛の存在状態に大きな影響を与えていることが分かってきた。熱水起源の鉄が長距離輸送されるメカニズムは未だ解明されていないが、亜鉛と同様に硫化物と有機錯体の競合によって鉄の存在状態が大きく変化している可能性がある。熱水起源微量金属元素の存在状態と輸送過程を解明するための糸口になると考えられる。
平成25年度の結果から、深層水中の鉄(II)濃度が当初の予想よりも低い可能性が高まった。外洋域で深層水中の鉄(II)の観測を行う場合、現在のルミノール化学発光系の感度が十分でない可能性がある。このため、まず分析系内のフローセルの改造を行い、発光強度を向上させた後、現場型分析装置を外洋域の観測に適用するというステップで研究を進める。また、熱水起源微量金属元素の存在状態を考える上で、硫化物生成と有機物との錯生成という2種類の化学反応の重要性が明らかとなってきた。昨年は亜鉛を中心に研究を進めてきたが、同じ反応が銅や鉄の存在状態にどのような影響を与えるかという点について、研究を進めていく。
本年度の研究結果から、深層水中の鉄(II)濃度が当初の予想よりも低い可能性が高まった。分析対象を外洋域深層水の鉄(II)とした場合、現在の分析システムでは感度が十分でない可能性が考えられる。そこで、この問題を解決した後、外洋域での観測を行うという新しい計画を立てたため、学術研究助成基金助成金の一部を次年度に使用することとなった。現在のルミノール化学発光システムでは海水中の鉄(II)に対する感度が十分でないため、分析系内のフローセルを改造する。このため、セルの改造に学術研究助成基金助成金の一部を使用する。また、現場型自動分析計の被圧部に改造が必要な場合にも、この学術研究助成基金助成金の一部を使用する予定である。改造した現場型自動分析装置を用いて、外洋域深層における観測を試みる計画である。
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