平成27年度に、本研究課題による研究成果をより高めると思われる二種類の古写本の存在が確認され、その入手方をそれぞれの所蔵先に打診した結果、同年度内に当該史料の複製を入手する見込みを立てられなかったため、本年度まで期間を延長し、すでに作成の終わっている『明鏡』モンゴル語と『王統明示鏡』チベット語テキストを並行対照させたテキストに、入手しようとした二つの古写本のラテン文字転写テキストを合体させることを目指した。その結果、二つの写本のうち、モンゴル語西部方言を反映したテキストをとどめる古写本の複製は入手できたものの、内モンゴルのモンゴル語を反映したテキストをとどめる古写本の複製は入手できずに終わった。この結果、本研究課題から得られた研究実績としては、研究代表者と研究協力者一名が、すでに転写テキスト作成の済んだモンゴル中北部のモンゴル語を反映した『明鏡』古写本と、最もよく用いられるチベット語『王統明示鏡』デルゲ版テキストを並行対照したテキストを完成させたが、モンゴル語西部方言を反映したテキストをとどめる古写本については、当該年度後半に入ってようやく入手できたことが原因で、ラテン文字転写を終了させることができず、当然のことながら並行テキストに組み込むこともできなかった。一方、モンゴル中北部のモンゴル語を反映した『明鏡』古写本に基づく文献学的論考を研究協力者が完成させた。世界各地に所蔵される『明鏡』の諸写本を紹介した後、この写本『明鏡』が依拠したと思われる『王統明示鏡』モンゴル語訳はハルハ部のアバダイ・サイン・ハーンの縁者によるものであると論じた。翻訳論の方面からは、チベット語原典とモンゴル中北部の『明鏡』古写本との間に有意な差異を認めるには至らなかった。翻訳用語の点では、13世紀から14世紀の翻訳に見られる生硬な感じはなく、また清代に確立した訳語とも異なる特徴が見られた。
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