研究課題/領域番号 |
24330092
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
八木 匡 同志社大学, 経済学部, 教授 (60200474)
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研究分担者 |
橘木 俊詔 同志社大学, 経済学部, 教授 (70112000)
伊多波 良雄 同志社大学, 経済学部, 教授 (60151453)
宮澤 和俊 同志社大学, 経済学部, 教授 (00329749)
川口 章 同志社大学, 政策学部, 教授 (50257903)
佐々木 雅幸 大阪市立大学, 人文社会系研究科, 教授 (50154000)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | リスク / 教育 / 人材育成 / 就業環境 / 幸福感 / 社会的包摂 / 経済成長 / 創造性 |
研究概要 |
本研究では、子供の頃になされた躾が、その個人の成人後の労働所得に与える影響を調べることにより、躾が労働市場における評価にどのような影響を与えているかを検証する。これは、教育がライフリスクをどのように低めることができるかを研究する一環の分析で有り、教育の中でも本研究では子供の頃の躾に焦点を当てている点が、新しい貢献となっている。分析の結果、労働市場の評価に大きな影響を与える躾は、「4つの基本的なモラル」(「うそをついてはいけない」、「他人に親切にする」、「ルールを守る」、「勉強をする」)であることが示された。この4つの基本的なモラルの躾をすべて受けた者と、一つでも欠けた者との間での所得比較を行うと、基本的なモラルの躾をすべて受けた者はそうでないない者よりも約57万円多く所得を得ていることが示されている。さらに、4つの基本的なモラルの躾をすべて受けた者と、すべて受けていない者との間で比較すると、基本的なモラルの躾をすべて受けた者はそうでないない者よりも約86万円多く所得を得ていることが示された。さらに、本研究では、躾の倫理観および価値判断に与える影響を分析し、4つの躾を受けたものは社会性の高い価値判断をする傾向にあることが示された。 さらに、企業における就業環境が、労働者のアスピレーションに影響を与え、それが企業の生産性と労働者の幸福感にどのような影響を与えるかを分析した。その結果、日本の就業環境は、欧米に比して極めて劣悪な条件にあることが示され、これが鬱病等の精神疾患等をもたらしている可能性が明らかになった。就業環境の悪条件は、単に幸福感の減少のみならず、様々なルートを通じて、経済成長に負の影響を与えると考えられる。例えば、創造的活動がどのような環境で活性化されるかを考えた場合には、自由でフレンドリーな環境が必要と考えられる。この点でこの問題は成長にとってリスク問題と言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
リスクの問題が経済成長に与えるメカニズムを考察する際に、人材育成と就業環境の問題が重要な要素として関係していることが研究によって明らかになった。特に、人材育成の問題では、学力低下がもたらす社会的リスクについて明確なエビデンスを提示することができた。また、理系教育の問題を詳細に分析することにより、日本企業のR&D能力の低下リスクが明確になった。我々の研究結果からは、STAP細胞の問題は、1990年代に行われた高等学校教育における学習指導要領の改訂が重要な関連性を持っていると理解している。この時期における理系科目の必修要件が緩くなり、物理を選択しない理系志望の高校生が急増し、それが現在の企業のR&D能力を低下させていると考えられる。バイオテクノロジーにおいて、実験の段階で物理の素養がなければ正確な実験を行うことが困難であることは、STAP細胞の問題でも明確になったと言える。さらには、研究倫理の問題は、そもそも子供の頃における躾の問題と密接に繋がっており、社会全体の倫理観の低下がもたらす重要なリスクを示していると言って良いであろう。本研究では、人材育成政策の失敗により、経済成長の阻害要因が生じることを主張し、その根拠を明示することができた。この点は、本研究プロジェクトの重要な貢献であると判断している。 また、幸福感分析の枠組みを用いて、就業環境のもたらす生産性リスクの問題を明確化している点も重要な貢献であると判断している。特に非正規労働比率の上昇が、経済成長に対してどのようなリスク要因となっているかについては、重要な関心を集めているものの、重要な実証的なデータが提示されていない状態にある。この点において、本研究プロジェクトで進めたサーベイデータを用いた、就業環境と幸福感との関連性に関する実証研究は、本問題に対して重要な含意を持っていると言えよう。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究プロジェクトでは、次の課題を中心に進める。1.就業環境がもたらす生産性に対するリスクの解明: 本年度は、この問題を欧米5カ国との比較調査によって進める。そして、この問題を含めた幸福感に関する国際カンファランスを開催する。 2.障害者および高齢者といった社会的弱者の社会的包摂のあり方: これは、社会的弱者が幸福に生きることが、社会システムの安定化と個人のライフリスクの軽減に重要な意味を持っていることを主張し、社会的包摂のための政策を明確化していく。例えば、障害者に対するセラピーでは、アートを用いたアイデンティティの確立とアスピレーションの向上方法に有効性に関する調査を行う。 3.倫理教育および家庭内での躾の重要性に関する実証研究:これまでの調査で、倫理教育の中でもある特定の躾の有無によって、労働者の労働市場での評価は大きく異なり、躾が生産性および職場での信頼形成に大きな影響を与えることが明確となった。本年度は、この問題を発展させ、厳しい教育と自由放任の教育と比較した場合に、どのような人材育成のパターンの違いをもたらすかを明らかにし、実証的研究を進める。 4.労働市場の非正規化がもたらすリスクの研究: 非正規化は労働の流動性を高めるが、人材育成においては負の要素となる。本研究では、非正規化が進展するメカニズムをモデルによって解明し、正規社員にとっての非正規化がもたらすコストを明確化することにより、潜在的に存在する非正規社員への労働分配率の増大インセンティブが存在していることを示す。 5.社会関係資本の蓄積メカニズムのミクロ的解明: この研究は、コミュニティの構成員がどのようなインセンティブにおいてコミュニティ活動に参加するかをモデルによって明示的に分析し、どのようなメカニズムで社会関係資本の形成が進むかを明らかにするものである。
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次年度の研究費の使用計画 |
リスク問題に関して、障害者の社会的包摂が重要課題であることが明確になり、この研究に関する準備を行っていたが、障害者施設との連携を図りながら進めることが必要となり、その調整に時間を要したため、次年度使用額が生じた。連携を予定している障害者施設の一つは、本格的な連携を行うためには、医療法人内での承認が必要で有り、その手続きを進めるために、基本的情報を整理する必要が生じたことも具体的な理由となっている。 障害者施設のたんぽぽが、障害者の社会的包摂の取り組みを積極的に進めており、そこでのヒアリング、臨床実験等を計画している。臨床実験は、医師との連携が図れない場合も想定し、医療行為を伴わない方法を検討している。また、医学の領域で一般的に用いられているアンケート調査票を用いた効果測定も行う。セラピー手法の中でも、社会的包摂に最も有効と考えられるアートセラピーについて研究を進め、有効性の検証を行う予定である。
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