人間社会の特徴は、非血縁間での大規模な相互協力であり、それを可能にするメカニズムとして最もよく取り上げられるのがサンクションである。21C初頭には、実際に人々がサンクションを行使することが数多くの実験室実験により示されるようになった。しかし近年、「実証された」と思われたサンクション行動には根本的な疑問が投げかけられるようになった。それは、これまで実験室において見られてきたサンクション行動は、それ以外に行動の選択肢が存在しないために現れているだけではないか、という疑問である。実際、一部の人類学者は、小規模な狩猟採集社会では滅多に罰行動は見られないことを指摘しているし、ノーベル経済学賞受賞者であるOstromも、言語による非難や仲間外れなどの手段が用いられることが多いと指摘している。従って、実験室で見られる罰行動は、無理矢理引き出されているものである可能性がある。しかし一方で、実験室内では罰行動が見られること、そして多くの研究者がそれを当然視してきたことは、罰行動が現実の解決策というよりは共有信念として存在している可能性を示唆している。実際、罰が行使されるとみんなが思っていれば、みんなが協力し、罰は実際には行使されないだろう。そのような共有信念が維持される仕組みとして、選択的相互作用が考えられる。28年度までに、自分の属する集団を自分で決定できる集団選択パラダイムにおいては、罰が行使されるという信念を持つ協力的な参加者が罰あり集団に集まり、そこで相互協力が達成され、その後他の参加者も罰あり集団に移動するというパターンが見られることが明らかになった。29年度は、制度選択という要因を導入することで、サンクションの2形態である罰と報酬の間に相互作用効果があるかどうかを検討する追加実験を行った。その結果、罰と報酬両方が可能な場合に特に相互協力が促進されるという結果を得た。
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