研究概要 |
当該年度の研究計画では,軌道エネルギーによる軽原子分子の化学反応解析として,反応過程での軌道エネルギー変化にもとづく反応解析法の開発と,反応理論の軌道エネルギーによる理論への拡張を提案していた。この計画通りに研究を遂行し,申請時の研究目的を大きく上回る成果を達成することに成功した。 本研究において,主な軽原子分子の化学反応の固有反応座標に沿った軌道エネルギー変化を網羅的に調べ上げた。 その結果,長距離補正(LC)密度汎関数法(DFT)を使うと,8割の反応の初期段階において,反応に関与する軌道の軌道エネルギーが変化しないという驚くべき結果を得た。これは,反応の初期段階では電子移動が優先的に起こることを示している。さらに驚くべきことに,これに従わない2割程度の反応はSN2反応,対称反応,それ以外の3種類に分類でき,それら全ての反応が最安定な反応経路に疑問が呈されているか,もしくは異常に遅い反応であることが分かった。さらに,疑問視されている反応経路について,実験結果と一致する反応経路を提案することにも成功した。 また,LC-DFTによる半導体バンドギャップの過大評価の問題にも取り組んだ。その結果,そもそもLC-DFTは半導体のバンドギャップを過大評価しているわけではなく,軌道エネルギー差を励起エネルギー差であるバンドギャップと同一視するバンド計算の考え方が間違っていることを明らかにした。 さらに,LC-DFTの抱えていた内殻軌道エネルギー過小評価の問題を解決するため,本研究者の開発してきた擬スペクトル領域的自己相互作用補正と組み合わせた。その結果,価電子軌道エネルギーの高精度さを維持もしくは改善しながら,内殻軌道エネルギーを化学的精度にまで改善することにも成功した。それにより,内殻・価電子によらず,励起・IP・軌道エネルギーを同時に高精度再現する史上初の汎関数を開発することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当該年度の研究目的としていた軌道エネルギーにもとづく反応解析法の開発と反応理論の拡張については,軌道エネルギーにもとづく反応経路解析法の開発と,それにもとづく新規反応経路の提案という形で結実した。また,バンドギャップの問題については,既往の解釈自体が間違っていることを明確に示すことができた。さらに,当初目的にないが,内殻・価電子の軌道エネルギーを同時に高精度再現する初めての汎関数も開発することができた。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は,開発した反応経路解析法や汎関数がどの程度の適用性を持つのかを確かめるとともに,今年度の研究計画である軌道スピノルにもとづく重原子系の反応解析や高スピン系の物性評価に取り組む。開発済みのスピン・軌道相互作用を取り込んだ長距離補正密度汎関数法にもとづき,軌道スピノルエネルギーをもとに金属錯体などの重原子系の反応解析に取り組む。また,燃料電池の白金触媒上の酸素還元反応のように,ラジカル性が重要な役割を果たす反応の解析も行なう予定である。当初の研究計画においてはバンド計算に重点を置いていたが,特に重要な問題は存在しないことが明らかになったため,バンド計算にこだわる理由がなくなった。したがって,今後の研究は固体物性計算全般.特にその反応計算に重点を置く。
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