研究課題/領域番号 |
24350005
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研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
常田 貴夫 山梨大学, 総合研究部, 教授 (20312994)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 反応解析理論の構築 / 1次元系のバンドギャップ計算 / フロンティア軌道論の拡張 / 2電子励起配置効果の導入 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、本研究者が開発した長距離補正(LC)密度汎関数法(DFT)によって初めて得られた定量的な軌道エネルギーにもとづき、簡便な化学反応解析理論を開発することを目的とする。実施計画通り、LC-DFT計算によって定量的に得られた軌道エネルギーを使い、軌道エネルギーにもとづく新しい反応解析理論を開発してきた。その結果、反応初期段階におけるHOMO-LUMOギャップ(あるいは反応に関与する占有・非占有軌道エネルギーギャップ)の傾きが小さい反応経路が最低エネルギー経路よりも優先的に選択されることを明らかにし、それは反応が電子移動で進行するからであることを明らかにしている。昨年度は、この軌道エネルギーにもとづく反応解析理論の理論面での検証を行なった。その結果、フロンティア軌道理論の拡張として理論を再構築することに成功した。すなわち、この理論はフロンティア軌道論の理論上の問題点を解決することが示された。 また、本研究課題ではLC-DFTが過大評価するとされてきた半導体バンドギャップ計算の問題を解決することも目的としている。実施計画通り、スピン・軌道相互作用を取り込んだLC-TDDFTを開発して応用計算も行なったが、問題を解決しなかった。昨年度着目したのは2電子励起配置効果をTDDFTに簡便に取り込む方法であるスピンフリップ(SF)時間依存(TD)DFTである。LC-DFTとSF-TDDFTとを組み合わせた計算プログラムを開発し、LC-TDDFTへの2電子励起配置の取り込みに成功した。この方法で拡張系の励起エネルギー(=バンドギャップ)の計算を行った結果、1次元オリゴアセン系について、バンドギャップが改善することを確認した。しかし、1次元ポリエン系については、LC-TDDFTで高精度に励起エネルギーを与えるのに対し、SF-LC-TDDFTでは大きく過小評価することも確かめられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
交付申請書において、本研究課題は、本研究者が開発した長距離補正(LC)密度汎関数法(DFT)によって初めて得られた定量的な軌道エネルギーにもとづき、新しい化学反応解析理論を開発することを目的とし、小分子の気相反応について、反応経路上の軌道エネルギーの変化にもとづく反応解析法を開発することを計画した。この研究計画通り、昨年度までに軌道エネルギーにもとづく反応解析法を開発し、さまざまな基本的反応の解析を行なった。この解析法にもとづき、SN2反応などの最低エネルギー反応経路での反応性の低さを提案し、それが実験的にも提案されていることが分かった。さらには、対称反応の新しい反応経路も提案した。この解析法の理論面での検証を行ない、結果としてフロンティア軌道論の拡張として解析理論を構築することに成功した。以上の成果は当初の計画を超えるものである。 また、交付申請書において、LC-DFTが過大評価するとされている半導体バンドギャップ計算の問題の解決も計画した。この問題はDFTの多配置性の欠如が原因とされているため、DFTをスピン・軌道相互作用を取り込んだ理論へ拡張して多配置性を部分的に取り込むことを計画した。実施計画にしたがい、スピン・軌道相互作用を取り込んだLC-TDDFTを開発したが、問題は解決しないことが分かった。この問題を解決するため、2電子励起効果を簡便にTDDFTに取り込む方法であるスピンフリップ(SF)時間依存DFT(TDDFT)にLC-DFTを組み合わせた。拡張系の励起エネルギー(バンドエネルギー)計算にこの理論を適用した結果、LC-DFTはSF-TDDFTの問題の多くを解決し、1次元オリゴアセンのバンドエネルギーを高精度再現することが分かった。まだSF-TDDFT由来の問題は残っているが、原因の特定は済ませており、研究目的は概ね達成されている。今年度、問題の解決に取り組む。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究成果を踏まえ、最終年度である本年度は以下の研究に取り組む。 1.軌道エネルギーにもとづく化学反応理論を金属触媒反応や電気化学反応に適用する。最初の試みとして、その双方の反応に相当する燃料電池の酸素還元反応の解析に取り組む。この反応は燃料電池において最も重要な反応であり、反応の触媒としての白金の利用は燃料電池のコスト高を招いている。酸素還元反応機構を明らかにすることは、白金利用量を減らすなど実用上のメリットが大きい。第一段階として、反応のモデルを構築するため、電気化学反応の研究を進めている。白金の周期表面ではなくより現実に近いクラスタについて、酸素吸着→酸素分子解離の機構解明のための長距離補正(LC)密度汎関数法(DFT)計算にすでに取り組んでいる。 2.拡張系におけるスピンフリップ(SF)LC-時間依存DFT(TDDFT)の励起エネルギー過小評価を解決するための理論を開発する。SF-TDDFTは、2電子励起効果を簡便に取り込めるが、多くの場合に励起エネルギーを大きく過小評価する問題がある。昨年度、拡張系の計算において問題を発見し、原因をすでに特定している。現在、この問題を解決するための理論の開発に取り組んでいる。計算プログラムの開発と簡単な応用計算までは達成するつもりである。 3.軌道エネルギーにもとづく化学反応理論を反応経路理論と組み合わせ、理論の正当性を確かめる。軌道エネルギーにもとづく反応理論はすでに開発済みであり、応用計算の結果、ある種の反応が最低エネルギー経路を採らないことを明らかにしている。また、フロンティア軌道論の拡張としてこの理論を構築することにも成功した。本年度は、この理論の与える意味をさらに明らかにするため、従来のポテンシャルエネルギーにもとづく解析理論との関係性を明らかにする。現在、すでに反応経路自動探索法の開発者と共同研究を開始している。
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