研究概要 |
ピコ秒時間分解ラマン分光計によって,膜中に可溶化したtrans-スチルベンの振動冷却過程を測定した.これまでの研究から,最低励起一重項(Sl)状態のtrans-スチルベンの振動冷却速度は溶液バルクの熱拡散定数と良い相関を示すことが知られている.このtrans-スチルベンを脂質二重膜に可溶化して,その振動冷却速度をピコ秒時間分解ラマン分光測定から決定し,通常の溶液中での振動冷却速度と熱拡散定数の関係を利用して生体膜中での局所的な熱拡散定数を見積もった.さらに,ピコ秒時間分解けい光分光法で測定したtrans-スチルベンのけい光寿命からtrans-cis異性化反応速度定数を算出し,脂質二重膜の局所的な粘度を見積もった. 脂質二重膜の試料には,組成や大きさを制御することができる人工的二重膜のリポソームを用いた.リポソームの構成要素であるホスファチジルコリン(リン脂質)の炭化水素鎖長および不飽和度を変化させることで,脂質膜の性質を系統的に変化させた.飽和したアシル基をもつDLPC(2個のアシル基の炭素数がともに12個),DMPC(14個),DPPC(16個),DSPC(18個)と不飽和のアシル基をもつDOPC(18個)の5種類の単一組成のリン脂質,および天然物由来の卵黄フォスファチジルコリンの合計6種類のリン脂質から成るリボソーム脂質二重膜を分光測定の試料とした. リポソーム脂質二重膜は,昇温によってゲル相(低温側)から液晶相(高温側)への相転移を示す.リポソームの組成や温度を変えながら膜内の局所的な熱拡散定数や粘度などを測定した結果,液晶相の脂質二重膜の方がゲル相の脂質二重膜よりも大きな熱拡散定数を持ち,かつ小さな粘度を持つことが分かった. フォスファチジルコリンの炭化水素鎖をけい光発色団であるピレニル基で修飾したけい光リン脂質を合成し,ピレニル基によるけい光の異方性の緩和から,脂質二重膜の中の特定の深さでの粘度分布を実験的に評価する実験を開始した.
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度は,当初想定したよりも光学素子および電子部品の消耗および損傷が少なかったために,直接経費の次年度使用額が発生した.平成25年度は,この次年度使用額を合わせた金額を主として光学素子と電子部品の補充および更新のために使用して,フェムト秒およびピコ秒の時間分解分光計の性能を向上させる.
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