研究課題/領域番号 |
24350012
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
岩田 耕一 学習院大学, 理学部, 教授 (90232678)
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研究分担者 |
高屋 智久 学習院大学, 理学部, 助教 (70466796)
中村 浩之 東京工業大学, 資源化学研究所, 教授 (30274434)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 生体膜 / リポソーム / 時間分解分光 / ラマン / 化学反応 |
研究概要 |
前年度に改良したピコ秒時間分解ラマン分光計を利用して,脂質二重膜中におけるエネルギー移動特性を明らかにした.trans-スチルベン分子をリポソーム脂質二重膜中に可溶化して,最低励起1重項(S1)状態に電子励起するとともに振動余剰エネルギーを与えた.trans-スチルベンが周囲に熱を散逸させて冷却する様子を時間分解測定して,脂質二重膜のエネルギー移動特性を調べた.脂質分子の炭化水素鎖長とC=C二重結合の数を変化させることで,脂質二重膜内部のエネルギー移動がどのような影響を受けるかを調べた.これらの実験から,ゲル相の脂質二重膜よりも液晶相の脂質二重膜の方がエネルギー移動の効率が大きいことを見出した. 本事業によってInGaAsアレイ検出器を購入し,この検出器を既設のフェムト秒時間分解近赤外分光測定計に組み込むことで同分光計の性能を向上させた.9,9’-ビアントリルを光照射すると,分子内部で分子内電子移動反応が誘起される.9,9’-ビアントリルを合成して,これをリン脂質の一種であるDMPCがつくる脂質二重膜の中に可溶化し,この試料を光照射して9,9’-ビアントリルで進行する分子内電子移動反応の様子をフェムト秒時間分解近赤外分光測定法で測定した.時間分解分光測定の結果は,脂質二重膜の内部の溶媒和環境が均一ではなく,通常の有機溶媒とは異なることを示していた. 脂質二重膜のどの部分にtrans-スチルベンが可溶化されているかを明らかにする目的で,脂質二重膜中にtrans-スチルベンを可溶化させた試料をチップ増強顕微ラマン分光法で測定した.この実験によって,脂質二重膜中においてプローブ分子が可溶化されている位置を決定できる可能性を示すことができた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ピコ秒時間分解ラマン分光測定は,世界でも数カ所でしか実行できない先端的な分光測定法である.研究代表者らは,既設のピコ秒時間分解分光計の光源部を前年度に改善し,今年度は世界でも最高クラスの性能を維持して測定を行うことができた.この測定の結果,熱拡散定数で代表されるエネルギー移動特性を人工リン脂質(フォスファチジルコリン)および天然由来の卵黄フォスファチジルコリンが形成する脂質二重膜において評価することができた.熱拡散定数は最も基礎的な物性の一つであるが,研究代表者の知る限り,脂質二重膜内部の熱拡散定数についてはこれまでほとんど知られていなかった.本研究によって,脂質二重膜がもつエネルギー移動特性について実験の結果をもとに議論できるようになった. 光誘起による9,9’-ビアントリルの分子内電荷移動反応は,最も基本的な光化学反応のひとつである.その反応速度は,周囲の溶媒の極性によって大きく変化することが知られている.今年度,本研究によって,フェムト秒時間分解近赤外分光法を利用することで,脂質二重膜中においても9,9’-ビアントリルの分子内電荷移動反応を追跡できることを示せた.今後脂質二重膜を研究する際の有力な実験法としてこの化学反応を利用できる可能性を示すことができた. さらに,チップ増強顕微ラマン分光法を利用することで,脂質二重膜中においてプローブ分子が可溶化されている位置を決定できる可能性を示すことができた.これは,研究計画の策定時には明白に想定していなかった進展である.
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今後の研究の推進方策 |
平成26年度は,ピコ秒時間分解ラマン分光法,ピコ秒時間分解けい光分光法,顕微ラマン分光法などによって脂質二重膜を計測し,その結果をもとにして脂質二重膜の特性を評価する. 平成25年度に引き続いて,ピコ秒時間分解ラマン分光計を利用して,脂質二重膜中におけるエネルギー移動特性をさらに明らかにする.最低励起1重項(S1)状態のtrans-スチルベンのピコ秒時間分解ラマンスペクトルを利用して,脂質二重膜中における熱拡散の様子を明らかにする.リポソーム脂質二重膜を構成するリン脂質の炭化水素鎖の種類やリポソーム溶液の温度を系統的に変化させて熱拡散過程を測定することで,脂質二重膜の構造が脂質二重膜中での熱拡散にどのような影響を与えるかを明らかにする. ピコ秒時間分解けい光分光法を用いて,脂質二重膜の内部の粘度を評価する.脂質二重膜の特性の深さに対する依存性を分光学的に検討する.けい光プローブの脂質二重膜中での位置を制御するために,炭化水素鎖の一部をけい光発色団で置換したリン脂質を化学合成して,このリン脂質を含んだリポソーム脂質二重膜を調製する.時間分解けい光スペクトルの偏光測定から,けい光プローブの回転緩和時間を求め,その結果から周囲の粘度を求める. 脂質二重膜中における9,9’-ビアントリルの電子移動反応の進行の様子をフェムト秒時間分解近赤外分光法やピコ秒時間分解けい光分光法によって測定して,脂質二重膜中での局所的な極性や粘度を評価する. 人工的な脂質二重膜に比べて天然の生体膜がどのような特性を持つかを調べるために,天然の生体膜の化学反応場としての特性を分光学的に評価することを試みる.
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次年度の研究費の使用計画 |
平成25年度は,主要な実験装置であるフェムト秒時間分解近赤外分光計とピコ秒時間分解けい光分光計に共通した構成要素(光源)であるフェムト秒レーザーシステムが不調となった期間が発生したこともあり,当初想定したよりも光学素子,電子部品の消耗および損傷,ならびに試薬の消費が少なかった.そのために,主として物品費において直接経費の次年度使用額が発生した. 平成26年度は,次年度使用額を合わせた金額を主として光学素子と電子部品の補充および更新のために使用して,フェムト秒およびピコ秒の時間分解分光計の性能を向上させる.本事業の申請時に比べてフェムト秒レーザーシステムおよびピコ秒レーザーシステムの維持のための経費が増加している.これらのレーザーシステムの維持管理のためにも次年度使用額を使用する予定である.
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