研究概要 |
本申請では,陽電子をマイクロプローブ化し,その二次元走査により原子空孔マップを取得し,未解明な物性の起源を明らかにすることである。今年度は,塑性変形した純鉄およびステンレス鋼における原子空孔挙動およびその水素による効果を調べることを目的とした。なお,陽電子を用いたそのための装置を陽電子プローブマイクロアナライザー(PPMAと略す)と命名した。 純鉄およびステンレス鋼試料の応力-ひずみ曲線を測定したところ,水素チャージ材は水素なし材より低歪み量で破断しており,水素脆化していることを確認した。また破面のSEM観察により水素なし材では延性破壊にみられるディンプルが,水素チャージ材ではディンプルの他に擬へき開状破面が観察された。 純鉄の破断材について,破断位置から4000μmの範囲で測定間隔50μmでPPMA測定した。水素なし材では破断部から100μmの領域でS値が急上昇している。S直の上昇は欠陥濃度および欠陥サイズの増大を示す。一方,水素チャージ材では水素なし材より低い歪み量にもかかわらず,破断部から数百μmまでの広い領域において5値が増加し,空孔クラスターの高密度化がより広範囲で生じていた。ただし,破断部では同程度のs値であった。広範囲で高密度に形成した空孔クラスターはボイドの核あるいは転位の集積による高応力場を形成する核として働く。それらの不均一性が塑性変形のディンプル破面と脆性破面の擬へき開状破面の混在となって表れたと考察される。なお,純鉄のみならずSUS304においても同様の結果となることから,SUS304においても純鉄と同様の水素脆化機構が働いていることが示唆された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度開発した陽電子プローブマイクロアナライザーにより,金属の破断現象の未解明領域であった転位の集積からボイドへの成長過程を明瞭に示すことに成功した。空孔サイズとしては透過型電子顕微鏡では観察できない領域(2nm以下)であり,また非破壊的に分布が計測できたことは画期的である。今後,さらなる応用展開を図り,空孔型欠陥が関与する未解明問題について,挑戦していきたい。
|
今後の研究の推進方策 |
平成24年度に得られた結果を基にして,意図的に欠陥を局所に生成させたモデル試料を用いて,原子空孔分布の反映や空間分解能の向上を評価する。その後,陽電子消滅励起オージェ電子(PAES)取得の光学系開発,両手法の性能評価を行う。陽電子マイクロビームを試料に照射し,対消滅時に1生成したオージェ電子を分光検出する光学系を設計・試作する。意図的に空孔-不純物複合欠陥を表面数nm層に導入し,不純物同定・定量の可能性を評価する。 開発では表面から発生する数eVから数百eVの電子の分光を行うことが仕様となる。試料上流側にセンターホール付マイクロチャネルプレート(MCP)および阻止電場用グリッド(両者とも設備費で計上)を設置する。入射陽電子はMCPのセンターホールを通過して試料に照射される。PAESでは発生した電子は上流側に引き出され,グリッドを通過しMCPに到達した電子のみが検出される。グリッドの電位を掃引することで電子スペクトルが取得でき,オージェ電子ピークを検出する。そのピークについての高感度検出には消滅y線との同期検出が必要であり,そのためのリアルタイム・シグナル・アナライザー(テクトロニクス社製,RSA5103A,1台)を購入する予定である。
|