陸棲の巻貝(カタツムリ)類が他種個体と同種個体を識別する交配前隔離のメカニズムは先行研究がほとんどない。その原因の一つはバイオアッセイが可能な実験系が確立されていないことにある。コハクオナジマイマイとオナジマイマイは、これまでの繁殖実験により飼育方法を改良した結果、孵化後に約2ヶ月で成熟し、容易に交尾・産卵させることが可能になった。これにより世界に類のない、生殖的隔離機構の生態・行動・遺伝解析が可能な雌雄同体動物を実用化した。性フェロモンの同定や有機合成のプロトコルは昆虫類ではほぼ確立されている。対して有肺類の性フェロモンの化学特性・生態機能に関する知見は以上の理由からほぼ皆無である。本研究により固相マイクロ抽出(SPME)法により、本2種の頭瘤が隆起した個体からの揮発性物質の抽出を行い、GC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析)法により、頭瘤の隆起した成体に特徴的で幼若個体からは検出されず、かつ本2種の間で検出ピークが異なる揮発性物質を検出した。種間で異なる多くの分泌物質から3種類の候補物質に絞り込み、これらを化学合成し、個々の合成標品を用いて、バイオアッセイを行った。これにより、揮発ガスにより本2種の配偶行動を誘発することに成功した。特にオナジマイマイに対しては、交尾器を露出させることに成功した。候補物質の一つは2種のどちらも誘引することから、2種がたがいを識別するには複数の分子種のブレンドが必要であると考えられる。交尾器を露出させる候補物質は求愛交尾行動を人為的に誘発する操作実験に応用可能であると考えらえれる。
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