研究代表者は、昆虫の学習が、従来無脊椎動物で報告されてきた学習過程と哺乳類で知られてきた学習過程の両方を含むというモデルを提案してきた。本研究の第1の目的は、ブロッキングや無条件刺激価値引下げなどの高次学習現象に関するモデルの予測を実験的に検証し、昆虫の学習の核心的な性質の解明に切り込むことである。さらに最近、モデルの実体となる神経回路の主要部分を担うのがキノコ体(連合中枢)の垂直葉という領域であることが判ってきた。そこで本研究の第2の目的は、垂直葉を構成するニューロンの学習に伴う神経活動の変化を解析し、モデルの神経回路レベルでの実体の解明を目指すことである。本研究の最終年度にあたる本年度は、コオロギのブロッキングが選択的注意説と報酬予測誤差理論のどちらによって説明できるかを調べ、また学習遂行中のゴキブリのキノコ体垂直葉出力ニューロンの活動を解析した。 コオロギのブロッキングが「選択的注意」ではなく「報酬予測誤差」によるものであることを示す明確な証拠を得た。まず、匂いに対する小顎肢伸展反応を用いて、コオロギの学習後の匂いへの「注意」の度合いを評価した結果、「選択的注意」仮説ではブロッキングが説明できないことが分かった。さらに私達が提案した神経回路モデルは、「オートブロッキング」という新規学習現象を予測した。実際にこの現象がコオロギで見つかった。これは「報酬予測誤差仮説」の直接的な証拠である。 ゴキブリキノコ体垂直葉の幾つかのタイプの出力ニューロンからの細胞内記録・染色を行った。これらの多くは外側前大や内側前大脳に投射し、主にキノコ体での情報を脳の出力系に伝えるものと考えられ、その多くは種々の匂い刺激に対して応答を示したが、匂い以外の刺激に応ずるものもあった。それらの匂い応答が学習によりどのように変化するかについては現在解析中である。
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