研究課題
本研究は自然人類学の立場から日本列島に住む人々のより詳細な分集団構造の探索を目指す網羅的ゲノム解析である。当初『日本人の起源に関する二重構造モデル』を検証する目的から琉球諸島と北部九州に着目してスタートした。研究を進めていく過程で北海道アイヌおよび先史時代人骨(縄文人骨など)から抽出したDNAとの比較解析が、研究の必然から組み入れられてきた。さらに、こうした分集団構造のもとでの環境との適応を考察することを主な目的として炎症性腸疾患(IBD)の患者および健常者のIBD感受性変異の頻度と口腔内細菌叢について北部九州と琉球諸島で比較した。こうした研究活動のうち、論文執筆・投稿まで到達している成果について、その概要を以下に箇条書きでまとめる。1. 沖縄本島、先島諸島(宮古島、石垣島)のゲノム網羅的SNPデータを解析した。その結果、①先島諸島に現在住んでいる人々は台湾原住民と遺伝的背景を異にすることを明らかにした。また、②宮古島で過去に起こったビン首効果の影響の可能性を示した。さらに、③分岐年代推定の結果から石垣島で最近発見された1万7千年前の人骨と先島諸島に現在住んでいる人々とは遺伝的継続性はなさそうであることが明らかとなった(Sato et al. in submitting)。2. 日本人の起源に関して明治時代から提唱されてきた「小進化説」「置換説」「混血説」の3つのうち、どの説が現在得られる網羅的ゲノム情報に最もフィットするか検証するために、アイヌ、本州日本人、漢民族のゲノム網羅的SNPデータを用いてKernel Approximate Bayesian Computationによりモデル化した。そして集団の分岐時期、集団サイズのパラメタ推定し、「混血説」すなわち「二重構造モデル」が最も尤もらしいという結果を得た(Nakagome et al. in submitting)。
2: おおむね順調に進展している
本研究課題の申請時に立てた研究計画では、「研究実績の概要」の「箇条書き」の「2.」の内容は、H26年度に行うことになっていたが、H26年度中に終了し、論文投稿にまで至っている。一方、自然選択のシグナルが検出された場合の塩基配列解析は、H25年度中に終了する予定であったが、いまだ自然選択のシグナルは検出されていないため、これはH26年度に持ち越された課題といえる。このように、著しい遅れはないものの、部分的な計画の微調整が必要な状況である。ゆえに「(2) おおむね順調に進展している」と判断している。
【(I) 二重構造モデルのさらなる検証】日本列島の先史時代遺跡から出土した人骨からDNAを抽出し、次世代シークエンサー解析により得られたデータをこれまで本研究課題で解析してきた琉球諸島、北部九州、北海道アイヌと比較する。北海道アイヌとの関連で東北アジアや東南アジアの既存ゲノム網羅的データとも解析を行い、日本の先史時代の人々がアジア近隣諸地域のどこに現在住んでいる人々と遺伝的系統が近いかを検討する。【(II) IBD感受性変異と口腔内細菌との関係】北部九州および琉球諸島のIBD患者と健常者におけるIBD感受性変異とそれぞれの地域住民の口腔内細菌叢との関連を解析し、日本の分集団構造と適応、そして疾患との関係を考察する。【(III) アルコール代謝関連遺伝子の解析】二重構造モデルのもと、弥生時代に渡来民によりもたらされたと考えられるALDH2不活性型の頻度分布を日本の諸地域で詳細に分析する。【(IV) その他の遺伝子座の解析】ヒトの代謝・生理に関係する遺伝子(時計遺伝子であるPERIOD遺伝子族や薬剤代謝に関与することで多型が良く調べられているCYP遺伝子族)の既知SNPタイピングを北部九州および琉球諸島の人々のDNA試料をもちいてさらに進め、ハプロタイプ・連鎖不平衡解析を行う。
先に述べたように当初計画していたモデル検証がH25年度に完了した一方、塩基配列決定解析がH26年度に持ち越された。モデル検証にはコンピュータによる計算が必要であるが、これは分担者・間野修平のサーバを用いたため本研究課題からの費用負担とならなかった。このため、次年度への使用額が生じた。一方、H25年度に行う予定であった塩基配列解析をH26年度行う。このため、繰り越した予算を使用する。
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