研究概要 |
身体には多くのリズム現象が存在し,相互作用によりリズム間の周波数や位相が同期するシンクロ現象が見られるがその機能的意義は不明であり,生理学的実証はほとんどなされていない。本研究では,ヒトの呼吸循環)筋運動リズム間の位相シンクロ現象に焦点をあて,位相シンクロが合目的性を持って生じるとする「テレオロジカル仮説」を実験的に検証することを目的とした。今年度は,歩行運動時の呼吸循環パラメータの挙動から,位相シンクロ時の肺ガス交換効率を酸素の換気当量で評価した。また,糖代謝率,脂質代謝率をindirect calorimetryから推定し,シンクロ現象がエネルギー基質に影響を与えるか検討を行った。15名の被験者をリクルートし,トレッドミル上で傾斜角1度~20度の上り傾斜漸増速度歩行実験を行った。速度を増していくと,心拍数と歩行数はともに増していくが,心拍数の増加率が歩行数に比べて高いため,ある速度で心拍数と歩行数が一致し位相が同期する。心拍と歩行リズム間の位相コヒーレンスが0.5以上をシンクロ発生と定義した。シンクロが発生した場合,脱シンクロ時のデータを補間してガス交換パラメータを予測し,シンクロ時の実計測値との差異を調べたところ,酸素の換気当量は平均1.4%の減少,糖質代謝が4.8%減少,脂質代謝に12.6%の増加が見られた。酸素摂取量がシンクロ時で変化しなかったことから,換気当量の減少は換気量が減少したためと推察された。これは乳酸等の換気を亢進させる代謝産物が減少しためではないかと推測された。また基質代謝の変化については,シンクロにより運動筋への血流量が確保され,より好気的代謝が行われたため脂質に依存する割合が増えたと推測した。今後シンクロ時に骨格筋の血流量変化が生じるかどうかを確かめるため,運動筋の筋組織ヘモグロビン濃度の変化を計測して検証を進める予定である。
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今後の研究の推進方策 |
本研究により位相シンクロ現象が運動時の換気当量の減少やエネルギー基質として脂質利用の促進をもたらすなどの示唆が得られたので,より説得力が増すようデータ数を蓄積していく予定である。また,次年度は起立ストレス時の筋ポンプと心拍リズムとのシンクロ現象を解析し,シンクロと心拍出量や圧受容器反射との関連性を検討する予定である。起立時には歩行運動時に比べて体動が少ないため,血圧波形から一回拍出量の推定は可能であり,シンクロとの関連性を検証できると考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
運動時の血圧をBeat-by-beatで計測可能な装置を種々検討したが,血圧波形から運動時の一回拍出量を推定することが現状では不可能であると判断せざるを得なかった。そのため研究計画を変更し,血圧計測に変えて近赤外分光法による骨格筋組織の酸素動態を計測することとし,シンクロ現象の機能的意義を骨格筋の酸素動態およびヘモグロビン総量を指標とした筋組織血流量変化から解析している段階である。繰り越した研究費については近赤外分光装置の消耗品購入に充当し有効に使用したいと考えている。
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