木材の細胞壁は、セルロース微結晶をヘミセルロースとリグニンからなるマトリックスがとりまく多層構造をとる。また、セルロースも均質ではなく、微結晶間に結晶性の低い部分があり、セルロース分子の一端には還元性末端が存在する。そこで本研究では、セルロースの不均質性とマトリックス中でのリグニンとヘミセルロースとの相互作用に着目し、多成分複合体としての木材の熱分解機構を分子レベルで検討した。
その結果、セルロースは、最初に起こるDP200程度への重合度の過程で還元性末端を生成し、その還元性末端はセルロースの熱分解が顕著になる300℃より低温の160~230℃の温度域で熱分解を開始することを明らかにした。さらに、還元性末端の熱分解がバルクセルロースの熱分解を開始する機構が提案された。なお、セルロース還元性末端の熱分解温度はマトリックスの熱分解が顕著になる250~300℃よりも低温側にあり、マトリックスの熱分解に影響を及ぼしている可能性があることも示唆された。
一方、マトリックスの熱分解については、リグニン2量体モデル化合物を用いた検討により、水素引き抜きにより進行するラジカル連鎖機構の詳細と、ヘテロリシスよりもラジカル連鎖反応でリグニンの熱分解が進行することを明らかにした。さらに、リグニンモデル化合物をプローブとして木材及びヘミセルロース、セルロースとともに熱分解する方法(in situプロービング法)が成分間の相互作用を調べる上で有効であることを見出し、リグニンの熱分解に及ぼすヘミセルロース及びセルロースの影響を明らかにした。その結果、興味深いことに、針葉樹の主要なヘミセルロースであるグルコマンナンがリグニンの熱分解を抑制するのに対し、広葉樹のキシランが大きく促進することを明らかにした。これらの結果より、針葉樹と広葉樹でマトリックスの熱分解機構が大きく異なることが示唆された。
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