「トラフグのフグ毒センシングの機構と,中枢神経と行動に対する作用」を解明するために,フグ毒を感知または蓄積させた無毒人工種苗を用いて,それぞれの嗅上皮と脳での遺伝子発現を網羅的に調べた。嗅上皮では嗅覚受容体,脳では摂食を調節する神経ペプチドおよび行動に関与する脳内モノアミンを目的遺伝子とした。 新鮮海水に浸漬した個体とフグ毒添加海水に浸漬して嗅覚を刺激した無毒人工種苗の嗅上皮と脳から,それぞれ全mRNAを次世代シーケンサーを用いて配列決定をし,目的遺伝子のmRNAのコピー数を計数して比較し,フグ毒の感知により発現の変動する遺伝子を調べた。フグ毒の刺激によって,嗅上皮ではOR嗅覚受容体 の1種が,脳では摂食亢進性神経ペプチドの受容体1種の発現が,対照個体に比べて有意に増加したことから,トラフグ稚魚はフグ毒を感知すると食欲が促進されると考えられた。次に,生理食塩水またはフグ毒を投与した個体にを用いて,嗅上皮と脳についてそれぞれ次世代シーケンサーによりフグ毒の蓄積により発現の変動する遺伝子を調べた。フグ毒の投与により,嗅上皮では嗅覚受容体のOR(6種)とV2R(1種)が発現変動することで嗅覚系が再編成されることが示された。また,フグ毒の投与によって脳内モノアミンの放出に関わるシナプス小胞モノアミントランスポーターの発現が倍増加し、ドーパミンの放出を促進するカンナビノイド受容体の発現が1.5倍増加したことから、報酬系に関与するドーパミンが分泌された可能性が高いと考えられた。 トラフグ稚魚はフグ毒を感知すると食欲が促進されフグ毒の摂取を開始し,これが脳内に直接作用して報酬系が活発化することから,フグは進化の過程でフグ毒を報酬として認識することで,フグ毒を積極的に取り込むようになったという新たな仮説が導き出された。
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