研究実績の概要 |
鳥類の輸卵管には、交尾後、精子を受精時まで長期間貯蔵する特殊な器官が備わっている。この器官は精子貯蔵管と呼ばれ、41℃という高い体温下で数週間から数ヶ月もの間受精能を維持したまま貯蔵される。本研究では鳥類特有の貯精現象を解明し、精子の長期液状保存技術を開発することを目的とした。精子貯蔵管の抽出物から精子の運動を停止させる生理活性物質として、乳酸を同定した。レーザーマイクロダイセクションによって単離した精子貯蔵管の抽出物には13 mM程度の乳酸が含まれることがわかった。さらに単離した精子貯蔵管の培養実験から、精子貯蔵管は解糖系を用いて大量の乳酸を合成分泌することが判明した。精子貯蔵管のRNA-seq解析の結果から、精子貯蔵管では解糖系は亢進しておらず、c-fos, c-jun, c-myc等の癌原遺伝子の発現量が顕著に高いことが判明した。また、組織の低酸素状態を検出するhypoxiprobeを投与したところ、精子貯蔵管は低酸素状態になっていることが判明した。また、ミトコンドリア活性を検出するmitotrackerで検出したところ、精子貯蔵管ではミトコンドリア活性が低いことが判明した。以上の結果から、精子貯蔵管は低酸素状態になることで、大量の乳酸を解糖系を用いて合成分泌することが明らかとなった。一方、精子は乳酸に曝されることによって細胞内pHが低下し、この細胞内pHの低下により、鞭毛を動こす分子モーターであるダイニンATPaseの活性が低下することで不動化することが判明した。実際に精子貯蔵管に貯蔵されている精子の細胞内pHを測定したところ、pH6.2と大きく細胞内pHが低下していることも確認された。 本研究により、精子貯蔵管が低酸素状態下で大量に放出する乳酸の作用によって精子貯蔵管内の精子が不動化するメカニズムの全貌が明らかになった。このメカニズムを応用することで、精子の長期液状保存技術の開発が可能になるかもしれない。
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