ストレス防衛反応に重要な役割を果たしているオレキシン産生神経細胞は、オレキシン以外にもグルタミン酸、ダイノルフィン、ガラニン、一酸化窒素などの神経伝達物質候補を産生することが知られている。この内の特にグルタミン酸の果たす役割を解明する事が本研究の目的であった。この目的を達成するため、オレキシンニューロン特異的にシナプス小胞グルタミン酸トランスポーター(vGLUT)-2を欠損させたマウス(vGLUT2-KO)を前年度までに作成した。このマウスに脳波・筋電図記録電極または体温測定装置の埋込手術を行った後、回復を待ってから無麻酔・無拘束の状態で表現型解析を行い、以下の結果を得た。 1.睡眠・覚醒のリズムは野生型マウスとほとんど差がなかった。2.低温(4度C)暴露ストレスにマウスを晒すと、最初の1時間程度で体温が2度程度下降し、その後は回復に転じる。この初期の体温下降相においてvGLUT2-KOは野生型マウスよりも体温の下降スピードが早かった。3.細菌感染時の発熱を調べるためにグラム陰性菌細胞壁成分であるリポポリサッカライド(LPS)をマウスに投与すると、1時間程度で終息する初期の発熱と、その後4時間程度持続する後期の発熱という2相性反応が生じる。このうちの初期相の体温上昇がvGLUT2-KOマウスで障害されていることが明らかになった。 以上の結果から、オレキシンニューロン内の神経伝達物質としてのグルタミン酸は覚醒の維持には無関係であるものの、ストレス時の体温上昇の初期反応を促進する機能があると結論された。 一方、このプロジェクトから派生した研究において、睡眠時の無呼吸はオレキシンニューロンを活性化すること、ならびにオレキシンニューロンは嗅覚刺激による鎮痛に必須である事が明らかになった。
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