研究課題
冠動脈の動脈硬化巣破綻部位の閉塞血栓にて心筋梗塞が発症する。「血小板細胞」の集積とフィブリン形成の同時進行により冠動脈を閉塞する血栓が惹起される。血小板活性化と凝固系活性化を連成する概念的モデルを作成した(Goto S, et al. Clin Cardiol, 2014 )。その概念的モデルに基づき、血管壁損傷部位周囲の「血小板細胞」濃度、プロトロンビン濃度、フィブリノーゲン濃度、トロンビン濃度、フィブリン濃度、活性化「血小板細胞」濃度と血流の影響を連成計算するソフトウエアを作成した。また、「血小板細胞」を流体に曝露した時の、「血小板細胞」周囲の血流変化が凝固因子濃度におよぼす影響を定量計算する基盤モデルおよびソフトウエアを開発した。本ソフトウエアには流体力学、移流拡散などの基礎方程式と化学反応式の連成により構成されている。冠動脈の動脈硬化巣破綻部位における血栓の成長に寄与する血小板細胞活性化速度、トロンビン産生/消失速度、フィブリン産生速度などの定量的寄与は不明である。開発したプログラムにより、これら未知の速度をパラメーターとして2倍、3倍などに増加させた場合、血管壁内腔方向への血栓の成長にはトロンビン産生/消失速度の寄与が大きなことを示唆した。「血小板細胞」が血管壁損傷部接着時の周囲血流を計算した。活性化血小板上にて産生されたトロンビンは「血小板細胞」下流側にて最大濃度が高くなることを示した。血管壁損傷部位への「血小板細胞」接着と血流の関係の定量化を目指す実証実験を多数施行した。von Willlebrand因子とGPIbαの相互作用により仲介される血小板細胞の接着であっても、接着後の時間、集積した血小板細胞など多くのパラメーターにより接着力が影響を受けることを示した。
2: おおむね順調に進展している
血小板細胞の構成論的理解による心筋梗塞発症メカニズムの理解と制御法の開発のためには、「血小板細胞」代謝、活性化反応の精緻な数理モデルと、血管壁損傷部位への「血小板細胞」接着の精緻な数理モデル、そして「血小板細胞」表面における血液凝固反応の精緻なモデルの連成が必要である。平成25年度の研究により各レベルにおける数理モデルを作成し、実証実験による補強可能なモデルを目指して精緻化した。「血小板細胞」代謝、活性化を表現する基盤モデルを作成した。モデルは数理モデル化されており、パラメーターを変化させた時の大規模計算も行なった、細胞内の化学反応を精緻に計測する実証実験との連携の部分で当初の計画よりも遅れている。実証実験により取得できる定量的データを数理モデルの精緻化に用いる方法論の確立にはまだ時間がかかると想定される。血管壁損傷部位への「血小板細胞」の接着モデルについては分子スケールと細胞スケールの論理的連携が可能となった。接着現象は基本的にvon Willebrand因子とGPIbαにより仲介されているため、モデル化が容易であった。「血小板細胞」活性化と凝固反応を連携するモデルの開発も当初の予定よりも早く進行している。化学反応と流体の連携基盤モデルの作成にも成功した。プロジェクト全体としてはおおむね順調に進行している。
物理、化学の諸法則および化学反応の集積として作成した「血小板細胞」基盤モデルを用いて、各種条件下での計算を行い、既に心筋梗塞発症予防効果の示されているアスピリン、クロピグレルとトロンビン受容体阻害薬、GPIIb/IIIa受容体阻害薬の差異の確認を行なう。計算結果から、その場において支配的条件を推測して、その条件をさらに明確にすることを目指した定量的実証実験を行なう。現時点では、血小板細胞の接着において、シミュレーション計算と実証実験の連携が順調に進んでいる。細胞の接着を規定する蛋白はGPIbαとvon Willebrand因子の2種であり、単一細胞の接着を支える分子数が数分子に過ぎないこともモンテカルロ計算により予測した。比較的単純系である血小板細胞接着でも、定量的実証実験とシミュレーション計算の連携は容易ではなかった。今後、多数の化学反応が集積した「血小板細胞」シミュレーターに対して、実証実験による精緻化を行なうためには工夫が必要と想定している。血小板細胞表面における凝固系活性化のモデルは作成した。マクロモデルでは血栓の高さを規定する因子としてトロンビン産生/消失速度の重要性が示唆された。モデル計算の結果は概念的に正しいように想定されるが、実証実験による補強を考える必要がある。細胞内の反応よりは、反応に寄与する物質数は少ないが、血流に曝露されている細胞外であるため血流の影響をパラメーターとして取り込む必要がある。臨床医学の世界では大規模ランダム化比較試験により、心筋梗塞発症予防に寄与可能な薬剤が選択される。臨床医学的情報と矛盾を来さないモデルを作成し、モデル計算により血栓形成において支配的な因子を選び出し、定量実験との連携によりモデルを精緻させて研究目標の達成に向けた努力を継続する。
本プロジェクトにおいて平成25年度には、「血小板細胞」代謝、活性化のシミュレーションを実証実験により精緻化可能にする部分を十分に発展させることができなかった。血管壁損傷部位への「血小板細胞」接着シミュレーターを作成し、その精緻化のための実証実験を施行するためには試薬などの費用を抑えることが可能であった。「血小板細胞」周囲における凝固系活性化モデルの作成も、主に頭脳とコンピューターによるため物品費を多く必要としなかった。今後、「血小板細胞」代謝、活性化のシミュレーションを、実証実験により精緻化できる論理を確立することができれば、「血小板細胞」の代謝、活性化にかかわる定量的実証実験が必要となる。平成25年度内に使用せず次年度使用とした研究費を本来平成25内にも施行することを予定していた細胞代謝、シグナルに関する定量的実証実験に使用することとしたい。平成25年度には血管壁損傷部位への「血小板細胞」接着シミュレーターを作成したが、その精緻化のための実証実験に必要な試薬などのコストは比較的安価であった。「血小板細胞」周囲の凝固系活性化を定量的に計測する実験系を保有しているが、平成25年度には大量の試薬を用いた実証実験を施行しなかった。平成26年度以降、物品費として計上した予算を、「血小板細胞」外の凝固系活性化の定量的実証実験および「血小板細胞」代謝、活性化を計測するための実証実験用の試薬として使用する予定である。細胞接着、活性化、活性化血小板周囲の凝固系活性化など各段階でのシミュレーション基盤モデルを作成し、そのコンピューターソフトも蓄積されたため、これらのソフトウエア保存および計算結果の保存のためのハードディスク購入などにも物品費を用いる予定である。
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