研究課題
EMTは組織形成期や創傷治癒に生じる生理的な現象であるが、炎症における組織線維化や癌の浸潤に生じる病的EMTが近年重要視されている。EMTは癌細胞の浸潤能獲得の本質であり、必須の現象である。しかし、EMTが生じた細胞のマーカーとしてE-カドヘリンとビメンチンが使われてきたが、これらには限界が生じてきた。歯肉のケラチノサイトを不死化したRT-7は、通常の培養条件下でE-カドヘリン消失とビメンチンが線維化したケラチノサイトが散見される。これら細胞をEMTが生じていると考えて良いものだろうか。我々が癌細胞においてEMT誘導モデルとしてEMT誘導転写因子Snailを用いているが、E-カドヘリン消失とビメンチンが線維化したケラチノサイトではSnailは発現していないことを確認している。では、Snailとファミリー分子であるSlugによってEMTが誘導されているのだろうか。Slugは乳腺細胞や乳癌細胞におけるEMT誘導因子として知られているが、扁平上皮では基底細胞に強く発現し、ターミナルディフェレンシエーションに関与していると報告されている。すなわち、基底細胞の不死化細胞株RT-7においてSlugは高発現し、しかもクリアーに各局在していることから、RT-7はSlugによってEMTが誘導されていることが考えられる。舌癌細胞株OM-1ではSnail存在下においてSlugのEMT誘導因子として活性化することを見い出し、これには亜鉛トランスポーターLIV1の発現が必須であることがわかった。RT-7あるいはSnailではなくSlugでEMTが誘導されていると考えられる他の口腔癌細胞株においてLIV1の発現との関連性は見いだせなかった。以上より、SnailによるEMTと、SlugによるEMTは、E-カドヘリンとビメンチンを指標にすれば同じEMTに見えるが、SlugによるEMTが病的EMTと考えにくい。
3: やや遅れている
EMTは想像していたものより、一層複雑であることがデータが集積すればするほど思えてくる。我々は現在、メタステイブルなEMTモデルを用いて、一つ一つの細胞に視点をむけて解析している。細胞株における平均的な現象を観察しているわけではないので、データの取得と解析には膨大な時間と労力を要する。特に、SnailとSlugの関係性を理解することは非常に困難である。SnailとSlugのmRNA相互発現制御機構だけでは到底すべてが説明できない。
癌のアイデンティティーは最後まで上皮形質であると考えている。これは、二次腫瘍巣(転移巣)ではEMTが生じた癌細胞もMETによって再び上皮形質を獲得するからである。Slugやp63はその上皮形質に深く関与している分子であるが、余りに「大物」であるため解析に苦慮している。つまり、細胞株全体の平均ではなく、細胞個々での解析によって多大な労力を要するが、このアプローチは正しい方向であるのは間違いないので、他の上皮形質を制御する分子に目を向けて解析したい。
少額なので、誤差と考えます。
次年度に有効に使用させていただきます。
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J Oral Pathol Med
巻: 45(3) ページ: 180-188
10.1111/jop.12348