議論は知的エージェントに必要な推論機構と通信機構が初めから内在している計算機構であり,社会的知能を計算機上に実現するための有力なメカニズムとなっている.これまでこれを支える理論としてDungによる抽象議論フレームワークとその意味論が最も有力視されてきた.この理論で最も重要な概念は議論の受理可能性であり,これをもとに議論の正当性,妥当性が定義されてきた.しかしながらこれをハイダーによる社会科学の視点および知見から考えると,一つの側面からしか議論の正当性,受理可能性を捉えていないことが分かる.すなわち,Dungの意味論は,議論間に攻撃関係しかない場合の意味論となっており,狭い範囲の議論しか対象とならないという問題がある.ハイダーの均衡理論を基礎に置けば,議論間の攻撃関係のみならず支援関係も同時に考慮に入れた議論意味論の形式化が可能になる. 本研究では,ハイダーの均衡理論を十分に反映した,新しい議論の受理可能性の概念を探求し,それに基づいてより精度の高い議論の理論を構築する. 本年度は,ハイダーの均衡理論を反映した議論の意味論の形式化を昨年度よりもさらに精緻化し,議論の攻撃関係と支持関係の双方を含むいろいろな議論グラフに対して我々の理論の妥当性を検証した.この意味論を攻撃関係に特化した場合,Dungの基礎意味論と一致することが見いだされた.また,安定意味論のような多重拡大意味論を導出することができることも分かった. ハイダーの均衡理論を反映した議論の理論を,これまで研究してきた多値議論に基づく議論システムに組み込んだ多値議論システムPIRIKA (Pilot for the right knowlwdge and argument)を実装し,公開した.現在,世界中の誰もがいつでもどこからでも利用できるようになっている.
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