研究課題/領域番号 |
24500233
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研究機関 | 独立行政法人情報通信研究機構 |
研究代表者 |
竹本 浩典 独立行政法人情報通信研究機構, ユニバーサルコミュニケーション研究所 多感覚・評価研究室, 研究員 (40374102)
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キーワード | ソプラノ歌唱 / 音声生成 / 声道 / 声帯振動 / 梨状窩 |
研究概要 |
本年度は、4名のソプラノ歌手の歌唱中の声道形状をMRIで計測して音響特性を計算した。これは、前年度までに取り組んできた、ソプラノ歌手による声道の第1、第2共鳴(R1, R2)周波数の制御について検討を深めるためである。その結果、基本的にこれまでに得られた知見を裏付け、補強するデータが得られた。 次に、MRIで観察された声道変形が音声に与える影響を検証するために、非常に高い音域における発声を扱うことができる声帯モデルを実装した発話シミュレータを構築し、ソプラノ音声の生成をシミュレートした。その結果、咽頭腔と喉頭腔がなす角を小さくすることでR1が上昇して高い音域での発声が可能になり、口腔を広げ口唇を狭めることでR2が下降して高音域でもまろやかな音声となった。これは、実際のソプラノ歌唱の特徴と一致した。ゆえにR1、R2の制御についてこれまでに得られた知見はシミュレーションでも裏付けられた。なお、この成果は国際会議SMAC 2013で発表した。 さらに、ソプラノ音声の生成シミュレーションの過程で、左右の梨状窩の音響特性が等しいとき、音声スペクトル上に零点が1つしか現れない原因を解明した。左右の梨状窩は、それぞれの固有共鳴周波数に零点を生じさせるのではなく、咽頭下部と共に2つの振動子を持つ連成振動系をなし、その2つの基準振動(対称モードと非対称モード)の周波数に零点を生じさせる。対称モードでは喉頭腔と左右の梨状窩との間で空気が振動し、非対称モードでは喉頭腔を挟んで左右の梨状窩の間で空気が振動する。左右の梨状窩の音響特性が等しいときは、非対称モードは励起されず、固有共鳴より周波数が高い対称モードのみが励起される。これを実測とシミュレーションにより証明した。この成果はThe Journal of the Acoustical Society of Americaで論文として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初は、本年度までに得られた知見は来年度で検証する予定であった。しかし、検証に用いる高音域における発声を扱うことができる発話シミュレータが予定より早く完成したことにより、本年度中に実施することができた。なお、発話シミュレータの声帯振動モデルとして、当初予定していたモデル(2次元モデル)だけでなく、高音域でより安定した振動をシミュレートできる高精度のモデル(4質量モデル)も実装することができた。 さらに、当初は予定していなかった、左右の梨状窩が音声スペクトル上に零点を生じるメカニズムを完全に解明することができた。そのメカニズムの概要は、研究代表者によるこれまでの研究により明らかになっていたが、左右の梨状窩の音響特性が等しい場合については未解明であった。しかし、本年度のソプラノ音声の生成シミュレーションの過程でこの問題を解決することができた。これにより、梨状窩が零点を生成する過程の全容が解明されたといえる。 よって、現在までの研究は、当初の計画以上に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画書に記載したがまだ結論が出ていないのは、ソプラノ歌唱において歌唱ホルマントが生成されるかどうかという問題である。先行研究により、歌唱ホルマントの生成には喉頭腔への音響エネルギーの集中が必須であることが指摘されている。今年度までの研究で、すでに様々な音高における声道形状に対して、各ホルマント周波数における音響エネルギーの喉頭腔への集中率は計算しているが、この結果が妥当であるかどうかを判断する前に、音響管モデルが適用できる上限周波数を検討する必要がある。先行研究によれば、声道の横方向の大きさから上限周波数は4 kHzとされてきた。男性歌手の歌唱ホルマントは3 kHz付近に現れるので、音響管モデルによる解析は有効である。しかし、予備的な検討によれば、歌唱ホルマントの成因の一つである喉頭腔共鳴は4 kHzより高いので、音響管モデルによる解析は有効でない可能性がある。しかし、ソプラノ歌手の声道は男性の声道より小さいので、有効である可能性もある。そこで、歌唱ホルマントの問題を議論する前に、音響管モデルが有効な上限周波数を議論する必要がある。そのために、来年度はまず、声道伝達関数を3次元の音響解析手法で計算したものと、音響管モデルで計算したものを比較検討することにより、この問題を議論する予定である。そして喉頭腔への音響エネルギーの集中を論じる。
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次年度の研究費の使用計画 |
本年度の予算執行の結果、次年度使用額として52,964円が残存した。当初予定では、本年度中に解析とプレゼンテーション用のノートパソコンを購入する予定であった。しかし、円安などの影響により外国出張旅費が予想以上にかさんだこと、来年度に予定していた論文掲載料が本年度に前倒しになったことにより、購入することができなかった。 次年度予算と合わせて、次年度の早期にノートパソコンを購入し、解析とプレゼンテーションに使用する。
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