本年度は、研究計画書に記載した、ソプラノ歌唱において歌唱ホルマントが生成されるかどうかという問題を検討するために、まず、音響管モデルによる解析が有効な上限周波数について検討した。3次元計測した男性の5母音の声道形状から、(1) 3次元の時間領域差分法によって計算した声道伝達関数、(2) 同じ声道形状を樹脂で実体模型にして実測した声道伝達関数、(3) 同じ声道形状から声道断面積関数を抽出して音響管モデルによって計算した声道伝達関数の3つを比較検討した。その結果、咽頭腔の横方向に発生したモードが伝達関数に大きな極零対を生成する約7.5 kHzまで3者はよく一致した。これは、音響管モデルによる解析は男性では約7.5 kHzまで有効であることを意味している。よって、声道が男性より小さいソプラノでは、咽頭腔で発生する横方向のモード周波数が高くなるので、音響管モデルによる解析は少なくとも8 kHzまでは有効であると推測される。 この結果に基づいて、ソプラノ歌唱において歌唱ホルマントが生成されるかどうかを検討した。先行研究により、歌唱ホルマントの生成には、伝達関数の特定のピーク周波数で喉頭腔への音響エネルギーの顕著な集中が必須であると指摘されている。しかし、音響管モデルによる解析では、伝達関数の8 kHz以下のどのピーク周波数でも音響エネルギーの顕著な集中は見られなかった。これは、ソプラノ歌唱では、歌唱ホルマントが生成されないことを示唆する結果となった。 なお、前年度までに得られた、音高に対する声道の第1、第2共鳴周波数の制御、および音源と声道との相互作用による声の大きさについての知見は、日本音響学会誌で解説記事として発表した。また、この研究の過程で歌唱時の横隔膜の上下動をMRIの実時間動画を用いて計測する手法を考案し、国際会議(The voice foundation)で発表した。
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