画像工学の世界では、知覚と記憶と「写真の好ましい色再現」の関係において「記憶色」なるものが提案され、色の認知に関わる感覚情報の処理の特性について古くから研究が行われてきた。本研究では、「好ましい質感再現」、さらに鮮鋭性の知覚においても「記憶質感」という記憶色に等価なものが重要な役割を演ずることを明らかにした。 記憶色とは、特定の事物と連合して記憶されている色のことをいう。色に対する記憶色と同様に、質感に対しても“記憶質感”というものが存在することを提案し、種々の対象物の写真にホワイトノイズおよび1/fノイズをいくつかのレベルで付加したものの中から、実物を見ないで思い出される質感に基づき選んでもらうこいとにより記憶質感を定量化した。これに対し、実物を見ながら選んでもらったものを実物質感とした。その結果、対象物によってふさわしいノイズがあること、対象物によって記憶質感と実物質感の間にノイズの種類が異なるものがあった。また、これらの結果に個人差が大きいこともわかった。 一方、ぼかした画像におけるノイズ付加により、鮮鋭性が向上することを報告してきたが、この効果にも大きな個人差があることがわかり、記憶との関係が示唆された。そこで、記憶質感が鮮鋭性の向上効果に関係しているとのメカニズムを検証すること試みた。ぼかしのレベルを変えた対象物の写真にホワイトノイズと1/fノイズを付加したサンプルを用い、記憶質感、実物質感に一致する順に順位をつけさせる実験と、鮮鋭性の高い順に順位をつけさせる実験を行い、結果の相関性を検討した。 その結果、鮮鋭性向上効果は記憶質感との相関性が実物質感より大きいことがわかった。このことから、記憶質感と一致したノイズの付加により、そのもののテクスチャが見えてきたと感じ、鮮鋭性の向上を感ずるといったメカニズムが示唆された。
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