本研究は、シンタキシン1(STX1)のシナプス伝達における生理機能を解明することを目的としている。STX1はSNARE蛋白質として開口放出に関与する形質膜蛋白質で、二種のアイソフォーム(STX1Aと1B)があるが、STX1Aの欠損では基本的なシナプス伝達機能に変化はみられない。そこでシナプス伝達機能において重要なのはSTX1Bであると仮定し、STX1Bノックアウトマウスのシナプス伝達機能を解析した。 STX1Bノックアウトマウスの海馬初代分散培養系を用いてCa2+非依存的なシナプス小胞の自発性放出とCa2+依存的なシナプス小胞の誘発性放出の解析を行った。その結果、興奮性・抑制性の微小シナプス後電流の頻度が有意に低下していた。また、シナプスを形成している、2つの近接した神経細胞間の誘発性シナプス応答では、頻回刺激に対するシナプス応答の減衰率が有意に低下していた。一方、即時放出可能なシナプス小胞のプールサイズに有意差は見られなかったことから、STX1Bがシナプス小胞のリサイクリングや細胞内輸送に関与していることが示唆された。また、上記のようなシナプス応答の異常はSTX1Aノックアウトマウスにはみられず、STX1BがCa2+非依存的なシナプス小胞の放出に強く機能している可能性が示された。次にSTX1AとSTX1Bのダブルノックアウトマウスを作成し、シナプス機能の変化の解析を試みた。その結果、ダブルノックアウトマウスは胎生致死であり、神経細胞は培養開始10日目には99%以上が死滅した。しかし、残存した神経細胞はCa2+依存性および非依存性のシナプス応答を示したが、Ca2+依存性のシナプス応答は野生型ニューロンのシナプス応答に比べて振幅が小さく非同期的なシナプス小胞の放出が見られた。以上のことから、STX1はCa2+流入に同期したシナプス小胞の放出に深く関わっている事が示唆された。
|