わずかな脳の損傷によって,家事や炊事など生活関連動作は容易に障害されうる.どのような神経心理学的障害のもと,どのようなメカニズムによって本障害が生じるのか依然不明な点が多い.生活関連動作は,環境内に存在する複数物品の中から,適切な操作対象の選択と使用,動作順序の組織化を必要とする.今回,生活関連動作課題時における操作対象の選択過程に着目し本障害の分析を試みた.対象は早期アルツハイマー病患者,軽度認知障害者群および健常高齢者群である.課題では使用しない無関係な物品(誤選択肢)も併置した条件下で,一連の生活関連動作課題を実施し,頭部装着型視線計測装置にて眼球運動を計測した.分析は,被検者の眼球運動特性(眼球運動速度など),注視行動ならびに課題遂行能力(エラー数など)について行った.同時に,生活関連動作の遂行に影響すると考えられる各種神経心理検査も実施し,行動データの神経心理学的基盤について検討した.課題遂行時のエラー数,課題遂行時間および課題遂行時の誤選択肢(課題遂行には無関連な物品)に対する注視回数では両群間で有意な差を認めなかった,しかしながら,課題遂行時の平均眼球運動速度は有意に増加した.したがって患者は,課題遂行中,使用物品に対し頻回な探索活動を行っていることが予想された.他方,両群とも安静時に比べ課題遂行時における眼球運動の高速度成分の割合が増加した.しかしながら患者群では,このような増加率が有意に健常群よりも低下していた.課題遂行能力上ではわからない外界探索上の問題が明らかとなった.今後は更に被検者数を確保し,外界探索障害の神経心理学的基盤を明らかにする予定である.またより詳細な眼球運動,注視行動パタンについて検討を行い,外界探索の多面的な特性を明らかにしていく予定である.
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