研究課題/領域番号 |
24500709
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
田中 彰吾 東海大学, 総合教育センター, 准教授 (40408018)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 身体知 / 身体性 / 間主観性 / 他者理解 / 間身体性 / 現象学 / 国際研究者交流(ドイツ) / 国際研究者交流(フランス) |
研究概要 |
本研究は、間主観性領域における身体知を解明することを目指して、理論研究と実験研究を並行して行うものである。身体知は一般に、「身体が知っている」と呼ばれるタイプの知識を指す。従来の身体知研究は、スポーツや舞踊における個人の運動スキルを主な対象としてきた。本研究の独自性は、研究対象を間主観性の領域に拡大し、自己と他者の相互行為を扱う点にある。 3年計画の1年目に当たる平成24年度は、次の二つの方向に区別して研究を進めた。(1)他者理解において身体性が持つ意義について、現象学的観点から理論的基礎を整理すること。(2)非言語的コミュニケーションを題材とする実験を実施し、身体性がコミュニケーションと他者理解に与える影響を評価すること。以下、各項目についてより詳しく述べる。 (1)他者理解の身体性:心理学や認知科学などの心の科学では、他者理解とは、直接に知覚できない他者の心について推論やシミュレーションを行うことだとされてきた(いわゆる「心の理論」)。本研究ではこれに対し、自他間の直接的な身体的交流に着目し、これが他者理解を支えているとの仮説のもとで研究を進めている。この仮説に理論的基盤を与えるため、平成24年度は、現象学者メルロ=ポンティの「間身体性」の概念を原典に遡って検討し、新たに「行動の同調」および「相互行為の同期」として定式化した。 (2)コミュニケーション実験:前項で述べた通り、もしも他者理解が心の理論よりも身体的相互行為に強く依拠しているとするなら、非言語的な要因がコミュニケーションの成立度にきわめて大きく影響するはずである。この点を検証するべく、本研究では即興の描画を題材とするコミュニケーション実験を構想した。平成24年度は、予備調査の結果と実験デザインについて報告するとともに、実際に14件の実験を実施してデータを蓄積し、分析のための評価カテゴリーの設定を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、間主観性と身体性の関係について、現象学的な理論構築を行うとともに、実験を実施して科学的なエビデンスを得ることを目的としている。 理論構築の作業については、査読は経ていないものの、研究ノートとして英文の原稿を平成24年度に2本発表することができ、本研究の仮説的見通しに一定の形を与えることができた。これらをフルペーパーとしてまとめ、投稿・出版に至れば、研究計画書に記した理論面での目標は達成されることになる。順調な進展ぶりだと評価できる。 研究ノートの概要は次の通りである。まず、従来の心の科学が他者理解の標準的モデルとして依拠してきた「心の理論」に関する代表的な論文を再検討し、そこで欠如していたのは直接的な身体的交流にもとづく他者理解の観点であることを明らかにした。現象学の間主観性の理論においては、フッサールよりもメルロ=ポンティがこの問題点を早くから意識し、「間身体性」という鍵概念を残している。間身体性とは、簡潔に言うと、自己の身体と他者の身体のあいだに広がる知覚-行為の循環的な相互関係である。これを現在の心の科学の文脈でとらえ直すなら、「行動の同調」および「相互行為の同期」として定式化することができるだろう。 以上を理論的仮説として、エビデンスを得る実験を構想した。実験デザインと今後の分析方法については、学会発表を実施し、査読付き論文を刊行した。実験は、1対1のペアで、言葉を用いずに互いに即興の描画でコミュニケーションを図るという様式のものである。本研究で想定している通り、他者理解が、抽象的な心の理論よりも、直接的な身体的交流によって成立するものであるなら、描画内容による意思疎通よりも、相互行為の同調や同期によって、コミュニケーションの成立度を測定できることになるだろう。論文では、以上の点について詳述した。研究1年目としては、十分な進捗であると評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
理論研究、実験研究とも、当初の計画は軌道に乗って順調に進みつつあるので、その路線で今後も継続的に取り組む。今後、さらに重点的に展開したいことは二つある。 第一は、現象学的な理論モデルと、認知神経科学における実証的研究との比較考察である。本研究の実験は、基本的には社会心理学的な枠組みにもとづくものであり、いわゆる「社会脳」の研究とは直接の接点がない。しかし、理論モデルをさらに洗練させてゆこうとすると、ミラーニューロンに関連する一連の社会脳研究との接点を模索する必要がある。現象学における間主観性の研究と、ミラーニューロンに端を発する認知神経科学の研究を、どちらかの立場に他方を還元するのではなく、対話的な観点に立って、より豊かなモデル構築につながる形で研究を推進したい。「神経現象学」とも呼ばれるこの種の試みは、日本国内ではいまだ萌芽的なものにとどまっているが、ヨーロッパでは国際会議も多く開かれるようになってきている。 この点に関連して、第二に、本研究の研究内容をさらに国際化し、海外へ情報発信する機会を増やしたい。代表者(田中)は、今回の科研費の助成を受けたことが機縁となって、関連分野におけるヨーロッパの研究者と交流する機会が急速に増えた。また、所属先(東海大学)の研究派遣制度にもとづき、平成25年10月から翌年3月末までの半年間、ドイツで研究活動に従事することになった。派遣先のハイデルベルク大学は、現象学と精神病理学の豊かな伝統の上で、先端的な議論を展開している国際的研究拠点である。近年では、この研究の延長上に脳神経科学の知見が接合されることで、学際的に重要な研究が多く発信されつつある。現地を訪問して新しい研究動向を吸収することはもちろんだが、それにとどまらず、国際会議等の場面で積極的に発表を行い、間主観性と身体性をめぐる研究に関して、日本の情報発信力を高めることに貢献したい。
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次年度の研究費の使用計画 |
該当なし
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