研究実績の概要 |
本研究では、1872年の学制公布以後に全国の大学区本部6か所(大阪・宮城・愛知・広島・長崎・新潟)に設置された官立師範学校において、体操や遊戯の指導・実践がどのように行われたのか、その実態解明を目的とした。 研究の最終年度となった平成27年度には、主として官立新潟師範学校(1874-1877年)に関する史料調査を行い、次のような成果を得た。同校には、校舎中庭に「鉄棒・木馬・体操器・鞦韆」が設置されていたことが明らかとなった。さらに、1875年には新潟県において小学校教員対象の授業法講習が開催され、そこで「鞦韆縄飛等ノ遊戯」が初めて行われたこともわかった。これらの史実は、これまで筆者が研究してきた明治初期の体操テキスト「体操図解」の実践を裏付けるものとなった。鞦韆には、当時の東京師範学校にも設置されており、生徒たちが実践したということが筆者の前年度までの研究から明らかであるが、その他の器械が官立新潟師範学校に設置され、その一部が小学校教員講習で伝習されていた事実は、『体操書』(1874,1875年刊行)による体操教授が地方に伝播していた可能性を示唆するとともに、軍隊式体操の系譜をもつ器械体操が明治初期の師範教育課程において、体操・遊戯の教材として紹介されていたことを物語る。 これらの体操器械は、当時の官立長崎師範学校校舎・敷地の絵図面からも確認できることから、官立師範学校の施設備品として、体操器械を置くことが一つのモデルとされていたことが窺える。 以上のように、本研究ではこれまで未解明であった明治初期の官立師範学校の体操・遊戯指導の一部が明らかとなった。近代初期の体操実践の新たな事例として体育史研究上公表に値することから、この研究成果は平成28年度の日本体育学会第67回大会において口頭発表を果たすことで、他の研究者からの意見や評価を得たいと考えている。
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