研究課題/領域番号 |
24501246
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
三浦 伸夫 神戸大学, その他の研究科, 教授 (20219588)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 数学史 / パチョーリ |
研究概要 |
今回は,テクストの欄外の記載に注目し研究を進めた.ルネサンス期の数学において,計算は線アバクス(算板)を用いるか,紙の上での筆算で行われた.前者は板(木,紙,石)の上に位を示す線を描き,数の記載されたアペックスやカルクルス(小石)を載せて計算するものである.その原理は単純で,またアバクスの図版が残されており,その計算手順は容易に判明する.他方筆算に関しては,その手順は数学テクストに記載され,それを補助するように欄外にもその詳細が図解されている.しかし印刷術初期には,欄外の記載は必ずしも実情をそのまま正確に示しているものではない.当時の数学テクストのほとんどは,刊本か手稿かのどちらかでしか現存することがなく,手稿から刊本へどのように記載の変遷があるか,文章と図版の差異どこかを比較検討することは概して困難である.そのなかでパチョーリのペルージャ手稿は,『スンマ』の原型として,比較のできる貴重な資料である.比較によって次の事が判明した.手稿では,代数記号が様々考案されていき,計算手順がよく見通せるようになっている.本文テクストは枠内に記載され,おそらく丁寧に清書したものと思われる一方,欄外は乱雑に書かれ,実際の計算現場を示すものとして,そこに計算手順が詳細に読み取れる.手稿は手書きであるために,欄外では自由な配列,本文以上に記号が案出され,省略されている.これらの工夫は刊本からは抜け落ちており,欄外は計算手順を知るうえでの貴重な資料となっている.幾何学部分では,手稿では立体図形が陰影付で描かれている.他方刊本ではまさしく幾何学図形として描かれている.さらに前者では一部写実的図版も見受けられる.これは,手稿が手書きという自由さがあっての結果であろう.刊本はより数学的抽象度が高くなっており,手稿から刊本への変遷の一面がうかがえる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
達成できなかった点,研究に困難であった点を挙げておく.・土地独自の通貨単位,商品名など,テクスト中の様々な特殊な用語の解読ができなかった.海外のルネサンス数学史専門家に問い合わせても,解明できていない.今後は経済史,商業史なども視野において見ていかねばならない.・ペルージャ手稿の解読がかなり困難なことにより,同時期の刊本との比較はできたが,ほかの手稿との比較まではできなかった.今後は,すでに作製してある手稿リストに従ってそれらを収集し,比較検討していくことは,難解な略字体の解読への助けとなると思われる.
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今後の研究の推進方策 |
ペルージャ手稿執筆当時は代数学の進展の時期で,『スンマ』は最初の代数学刊本書の一つでもあり,そこには多くの代数記号が用いられている.当時商業においてはすでにさまざまな省略記号が用いられていたが,代数記号(carrateri)はそれとは異なる意味を持つ.まず,パチョーリと同時代人たちにおける代数記号の役割を比較考察する.『スンマ』において,代数は「我々においてはpratica speculativaと呼ばれるアルゲブラとアルムカーバラ.なぜならそこには小なる技法つまりpratica negotiariaよりもより高度なものが含まれるからである」とされている.すなわち,代数学は小なる技法と呼ばれた商業算術とは異なりより高度な観想的実践という奇妙な呼ばれ方をされている.この用法は現在のところパチョーリ以前には見られないが,pratica とspeculativaという単語の意味合いを,『スンマ』とペルージャ手稿等に即して考えていく.すなわちパチョーリとその同時代人によって代数学は,商業の手本から,実践的ではありながら理論数学へとどのように変遷していったかである.具体的には,解法の手順において代数学がどの部分を指すかを考えてみる.与えられた具体的問題の冒頭からなのか,あるいは最後に方程式が導き出され,それを解く段階のみを代数というのかである.それをみることで,手稿から刊本への代数学概念の拡張を捉えることができ,それがその後の代数学のめざましい発展に繋がることになることが予測される. 次に幾何学に関して,取り上げる題材の変遷を,手稿,刊本(初版と第2版)の3つを,他のテクストともに比較検討し,そこに理論数学つまり『原論』などがどのように取り込まれていくかを検討し,ルネサンス期数学テクストの成立を考察する.
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次年度の研究費の使用計画 |
パチョーリにはピエロ・デッラ・フランチェスカの数学からの剽窃問題が常につきまとう.その点も視野に入れながら,パチョーリの初期数学にフランチェスカが,さらにアルベルティらがどの様に関係したかを調べるため,両者の手稿のマイクロフィルムおよび一部の刊本を入手する.さらにそれらを電子化し紙媒体にして利用しやすくするために複写費を計上する.ルネサンス数学関係二次文献資料は国内にはほとんどなく,多くはイタリアの地方の図書館や大学に収められているので,それらの収集にも複写費を当てる.また手稿解読のためには当時の商業史や大学史をも視野に入れなければならないので,それらに関する二次文献を購入するための備品費を計上する.パチョーリの生地サン・セポルクロにはパチョーリ関係の原典資料が豊富にあり,一部はすでに複写したが,まだ十分ではなく,現地に資料調査におもむき,さらに情報収集する.とりわけ当地のAboca Museoとは数年来メールにて親密に連絡を取っているので,その博物館を拠点とし,さらに中世数学史資料の存在するペルージャ大学などにも調査旅行を行う.また研究者と情報交換するためギリシャでの学会に参加する.以上のために海外出張費を充てる.国内では学会発表のため,またパチョーリ研究会や数学史学会に参加し情報を得るため,国内旅費を計上する.
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