研究課題/領域番号 |
24501246
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
三浦 伸夫 神戸大学, 国際文化学研究科, 教授 (20219588)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 科学史 |
研究実績の概要 |
1.パチョーリの時代に通常大学では,数学理論やギリシャの古典数学がラテン語で教授された.ペルージャ写本の本文では,エウクレイデス,ボエティウス,アルキメデスの名前に言及され,さらにトマス・アクィナス『神学大全』のラテン語引用も含まれている一方で,大学では珍しく商業数学が含まれている.この後者から,この大学は数学教育カリキュラムにおいて特異な大学であったことがわかる.さらに,ペルージャ写本でよく使われる語句「このように同様にせよ」「それゆえ次のようになる」などはラテン語で書かれてはいるが,本文の大半ではイタリア語が用いられ,ラテン語に反してこのイタリア語使用において,ペルージャ大学は13校存在した当時のイタリアの大学のなかでは特異であることがわかる. 2.「商品価格」の章では,その一部がコトルリの「帳簿記載法」の1475年の写本の一部と同じことを近年のポストマとファン・ヘルムの研究から確認することができた.パチョーリの源泉はこのコトルリの写本なのか,あるいは両者に共通するさらに古い源泉があるのかは不明であり,またコトルリのオリジナル1458年の原稿も見つかってはいない. 3.ペルージャ写本には,ロンドン,ブルージュ,ケルンなどキリスト教世界の地名はもちろんであるが,さらにベイルート,アレクサンドリア,ダマスクスなどイスラーム地域の地名が見られ,当時イタリア商業の交易範囲と内容とをこの数学テクストから確定することができる. 4.ペルージャ写本の代数学の箇所は欠損がありその全体像は不明であるが,そこに実践問題のみならず抽象問題も存在する.ただし高度な数論には言及されていない.しかし『スンマ』ではその議論があり,両者の間の目的,読者層などの相違,そして時間経過による数学的内容の展開を認めることができる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
1.それはパチョーリの『スンマ』に見られる高度な数論,つまり適合数(合同数)問題の解読に相当な時間がかかったからである.その理解には,起源を求めギリシャ数学やアラビア数学を検討せねばならず,ハージン,カラジーなどのテクストを参照することから始めた.そしてそれがフィボナッチで大展開することも確認した.以上の調査で多くの時間を費やしたことになる.さらにその痕跡がペルージャ写本に見られないかを検討したが,この写本は大学での講義テクストなので,高度な数論は掲載されることはなかったことが確認できたにとどまる. 2.またパチョーリの数学の源泉を探るため多くの先行原典テクストを参照し,それらの解読に時間を要した.パチョーリはピエロ・ダ・フランチェスカやコトルリなどを参照していることはすでに研究されているが,さらにフィボナッチやピエロ・ディ・ニッコロ・ディ・アントニオ・ダ・フィリカイアなどからも,多くを引用なしに利用していることが判明したが,それらの源泉探求に時間を要した.パチョーリは一般に引用先には全く触れておらず,研究者からは剽窃したと断罪されることもある.しかし当時それはよくあることであったので,剽窃というその評価は当たらない.他方でパチョーリはフランチェスコ会コンヴェルツィオ派の要人であり,イタリアでは宗教上の理由からか剽窃に触れる議論はあまりなされないのが現状である.そのような中,パチョーリの源泉を当時のイタリアの作品に探し求めることには研究実績がイタリアではあまりなく,研究に時間を要した.
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今後の研究の推進方策 |
1.フィボナッチに発する適合数(合同数)問題は,西洋ではその後中世から17世紀まで数学における重要な研究課題であったが,従来の数学史研究ではそれがほとんど見落とされてきた.その問題の展開についてパチョーリを中心に検討する.パチョーリは中世・ルネサンスのイタリアと,その後の17世紀のフェルマを含めフランスの数学者たちとの仲介者として重要な位置にあると想定できるからである.そしてその辺の状況をゴスランなど他の数学者のテクストや手稿などをも参照して比較検討する.またこの高度な数論がペルージャ写本に含まれていない理由を探ることで,ペルージャ写本の実用的という特徴もつかむことができる. 2.ペルージャ写本は商業数学を中心とする講義録であるが,なかには遊戯問題も含まれる.それらを他のパチョーリ作品である未刊の『量の力』に求めて,相互に比較検討する.そうすることでパチョーリの数学の全体像がより明確になるであろう. 3.ペルージャ写本に含まれる数学問題のリスト化を行い,研究者に参照できるようにすると同時に,パチョーリの他の著作における問題との比較対照を行う.
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次年度使用額が生じた理由 |
パチョーリの適合数(合同数)問題という高度な数論の検討に思いがけなく時間がかかった.その理解にはその源泉をギリシャやアラビアまで求めて調査せねばならず,したがって多くの資料に当たらざるを得ず,それらのテクストの収集と調査と解読に労を要した.とりわけアラビアの資料は150年ほど前のヴェプケの調査を除いて皆無で,イタリアの研究もピクッティを除いて少なく,多くの写本目録や著作目録にあたらざるを得なかった.以上の理由でその研究を継続するため,次年度に使用額が生じた.
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次年度使用額の使用計画 |
パチョーリに発する適合数(合同数)問題について,さらに資料収集し,テクスト解読を中心に検討する.パチョーリの遊戯問題について,ペルージャ写本と他の作品『量の力』との間で比較検討し,問題の対照リストを作成する.パチョーリの源泉でまだ調査しきれていないコトルリについて,資料調査のためイタリアやマルタなどに海外調査旅行をし,パチョーリ作品と比較する.パチョーリ研究の中心地サン・セポルクロにて,研究成果について中世・ルネサンス数学史研究家と情報交換を行う.研究成果を研究論文として執筆し,また研究会などで口頭発表する.
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