パチョーリは『スンマ』『神聖幾何学』『エウクレイデス「原論」』を公刊し,他に「ペルージア算術」「量の力」「チェスについて」などが手稿として残されている.本年度は,(1)「ペルージア算術」と『スンマ』との関係を前年に引き続きその内容と読者層を中心に調査した.(2)また後者の従来指摘されていない影響関係を具体的に見出した.つまりフィボナッチ『算板の書』からの影響と,タルターリャなどへの影響である.そこには適合数など高度な数論の研究も見られ,『スンマ』は西洋中世とルネサンス・近代を繋ぐ重要な数学作品であることがわかる.(3)「量の力」は「数の力」と訳したほうがいい内容を持つが,3部からなり,その第1部は数論をはじめ数に関する諸問題を扱い,その箇所を分析した.そこには先行者たちの影響も見いだせるが,それでもまとめ方や表現法等はパチョーリ独自であると考えてよい.図版が欠け論述が中途半端なので最終稿とはいえないと考えられるが,それでもその豊富な内容から,パチョーリの従来見過ごされてきた重要な作品と考えてよいとの判断を下すことができる.そこには中世のスコストゥスやアヴェロエスなどの学者への言及も見られ,パチョーリの広範な知識がそこに伺える.(4)『スンマ』第2部に見られる幾何学は,パチョーリ版ラテン語『エウクレイデス「原論」』と関係し,現存はしないがパチョーリ自身『原論』をイタリア語に訳したことが想像される.以上,パチョーリの数学著作は,刊行の『スンマ』『神聖幾何学』と未刊の作品と内容が相互に密接に関係し,それらを合わせ総合的に捉えることによって,影響力ある『スンマ』『神聖幾何学』の歴史的評価を下せねばならないと言える.
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