研究課題/領域番号 |
24501262
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 公益財団法人大阪市博物館協会 |
研究代表者 |
伊藤 幸司 公益財団法人大阪市博物館協会, 大阪文化財研究所, 室長 (50344354)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 保存処理 / トレハロース / 含浸 / 木材 |
研究概要 |
糖類を用いた保存処理法の場合、重要であるのは結晶生成のタイミングとその結晶形である。従来の糖アルコール法で使用していたラクチトールは4つの水和物の結晶をつくり、その中で三水和物と無水和物は木製品の保存に適さないことが判明している。無水和物は特殊な環境下でなければ生成することはないが、三水和物については不用意に結晶させると生成する恐れがあった。しかし、トレハロースにおいては、ラクチトールの三水和物に相当する結晶は存在せず、二水和物と無水和物のみが生成される。よって、理論的には無水和物についてのみ注意すればよい。これについては、実験を繰り返して実際上も齟齬がないことが判明した。 また、トレハロースはラクチトールよりも水への溶解度が低いという物性から高温環境での含浸が求められると考えられていた。しかし、トレハロースは二水和物を生成するために見掛けの溶解度よりも約10%多い固形物(結晶)となって木材組織を補強する効果が見込める。実際上もラクチトール80%程度と同等の効果がトレハロース72%含浸した木材で得られた。他方、粘度的にはラクチトールよりも低く、含浸しやすいという印象を受けていた。これを検討するために今年度はトレハロースの一定濃度溶液の温度変化に伴う粘度の変動を調査した。来年度はラクチトールについて行う。 これらの研究成果については、トレハロース含浸処理を実施している研究者に出来るだけ早く公開している。24年度は日本文化財科学会(於:京都大学)で発表を、九州保存科学研究会(於:九州歴史資料館)においては実習を含む研修を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度に予定していたトレハロースの結晶化および促進方法の調査、研究については、実験や基礎的な調査も順調に進んでいる。特にサンプル材の作製や膨大な実験データの入力や整理などは、実験補助を依頼することで効率的に進めることができた。 さらに、計画としては次年度に予定していたトレハロース含浸処理法に関する研究会を開催できたことは意義深い。日本文化財科学会等で研究成果を発表したことで、各地の保存科学担当者からの要請が高まり、今年度は九州において開催することができた。トレハロースを用いた保存処理方法に関する研究成果を広く公開し、多くの方に実践していただくことも当研究の大きな目的であり、この部分については当初の計画以上に達成できたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究を計画した段階では、ラクチトールを用いた糖アルコール法の開発の際に生じた様々なトラブルを想定して方針を設定した。しかし、現在に至るまでに非常に優れたトレハロースの特性が明らかになり、ほとんどの問題点は自ずからクリアされている。その一方で、更により安定した成果が得られる保存処理法を目指した調査・研究が求められている。前述したように、トレハロース法においても根幹をなすのは”結晶化”であり、目指すべき大目標は非加熱(常温)下での含浸処理の完了である。その前段階として、樹種・腐朽度など木器の条件毎に必要なトレハロース結晶(固形分)を実験から明らかにし、低加熱下での含浸の適否を検討していく。 併せて、結晶化工程後の乾燥をコントロールする方法を研究する。これについては、緩効性のある吸湿剤の使用を考えている。 低加熱下で含浸処理を終えた木製品中の水分を強制的に除去することで過飽和状態を現出し、結晶化を図ることができれば、常温含浸の実現に近づくことになる。 この様な調査・研究は日々進展しており、早急な情報の共有化が望まれている。25年度は5月にWOAM(国際博物館会議水浸考古遺物保存会議)がイスタンブールで、9月には東アジア文化遺産保存学会が慶州で開催される。これら国際会議において当該研究の重要性・有効性を発信すると共に、国内研究者向けの研究会・研修会も継続して開催する。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度は引き続きサンプル材を用いて樹種・腐朽度など木器の条件ごとに必要な実験を行うため、消耗品としてのトレハロースや実験補助の費用を見込んでいる。機器類としては、実験で使用する電子天秤やサンプル材含浸処理後の結晶化工程で使用する扇風機の購入を予定している。 国内旅費及び外国旅費としては、5月にWOAM(国際博物館会議水浸考古遺物保存会議)がイスタンブールで、7月には日本文化財科学会第30回大会が弘前大学で、9月には東アジア文化遺産保存学会が韓国慶州で開催され、それらの学会で研究成果の発表を行うため、参加旅費として使用する。国内研究者向けの研究会・研修会も継続して開催する予定であり、これらに参加するための経費も見込んでいる。
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