研究課題/領域番号 |
24501276
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 独立行政法人国立美術館国立西洋美術館 |
研究代表者 |
横山 佐紀 独立行政法人国立美術館国立西洋美術館, 学芸課, 主任研究員 (70435741)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | コレクションと教育 / 視覚による教育の成立 / 博物館教育の歴史 |
研究概要 |
本研究は、18世紀終わりのフィラデルフィアにアメリカ初の公共ミュージアムを設立したチャールズ・ウィルソン・ピールのコレクションおよび展示を分析し、アメリカにおける「視覚による教育」がピールの教育思想と、共和主義思想との間の影響関係において、どのように成立していったのかを明らかにすることを目的とする。 初年度にあたる今年度は、研究全体の基盤整備のために、1.ピールのミュージアムに関する文献、2.関連する研究領域(コレクション学、症状としての収集癖、アメリカの政治思想、および教育思想など)の系統的な文献収集を行った。1.の重要な文献として、アメリカ哲学協会(American Philosophical Society、フィラデルフィア、以下APS)においてピールの手稿をPDF化して入手できたことは重要な成果である。APSは、ピールのミュージアムが一時、間借りをしていた場所であり、APSは本研究にとってもきわめて重要な意味をもつ。 従来、アメリカのミュージアムは、市民の寄贈品から構成され、それゆえに「市民のためのミュージアム」の性格が強いとされてきた。今回APSで収集したピールの手稿は、いつ、だれが、どのような品を持ち込んだのか(ピールに少なくとも「見せに」来たのか)が日付にしたがって詳細に記されたジャーナルであり、ミュージアムを媒介とするピールと市民との関わりの強さを証拠づけるものである。同資料は同時に、この時代、特定のジャンルのモノを収集し一部をミュージアムに寄贈しようとする「コレクター」がアメリカ社会に登場していたことを示唆する。また、ジャーナルの終わりの部分には、ルネサンス・マンであったピールによる、健康によい食品のレシピが書き留められていることも興味深い。この資料の詳細な分析については、後述するように、次年度以降進めていきたいと考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24度の目的は、チャールズ・ウィルソン・ピールについての基礎情報を収集することにあり、前述のとおり、ピールに関する文献(APSにて入手したピールの手稿(PDF)を含む)および関連する研究領域の文献を猟渉できたことから、本研究はおおむね当初の計画どおり進展しているといえる。ただし、それぞれの詳細な分析および整理については、次年度以降の課題とし、必要文献の猟渉についても引き続き進めるものとする。 建国期のアメリカ共和主義思想はジョン・ロックの思想から大きな影響を受けているが、ロックの重要性はその政治論の側面ばかりでなく、感覚論の側面においても見出すことができる。ロックはコンディヤック、バークリーとともに「視覚と触覚」をめぐる議論を行っており、今年度はこの議論に関する基本文献にも目配りをした。ただし、ロックらの感覚論とピールのミュージアム、あるいはジェファソンの思想との間に何らかの影響関係が見いだせるか否かについては、検討の余地がある。次年度はこれらの議論の詳細をたどることを試みる。一方で、ミュージアムのコレクションが有する教育的要素を明らかにするために、対照となる現代的な検討材料として「ホーダー(ホーディング)」についての文献整理を行っている。この点についても、次年度以降、継続の予定である。 本年度の成果発表は以下のとおりである。ピールのミュージアムと建国期共和主義思想の関連性、および、そこに本研究の主要テーマである「視覚による教育」の成立の経緯を読み取ることの可能性について、アメリカ学会第46回年次大会、文化・芸術史分科会(名古屋大学、2012年6月3日)にて発表を行った。この発表により、本研究の問題意識の整理を行うことができたことに加え、参加者よりさまざまな視点から示唆を得ることができた。また、今年度の成果の一部は著書にて発表した。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、1.今年度得た資料・文献の整理、2.新たな資料の猟渉、以上を主眼に研究を進める予定である。 1.の今年度得た資料は以下の手順で進める。(1)ピール研究に関する文献の整理、(2)ピールの手稿(APS所蔵資料)について、当時、どのようなモノがピールのもとに持ち込まれ、これらからミュージアムのコレクションへの選択をピールがいかに行っているのか、(3)アメリカ社会におけるコレクターおよびコレクションの登場の背景と経緯(関連する研究領域の文献)。また、18世紀終わりから19世紀はじめにかけてのアメリカ社会の様子を知らせる手がかりとして、ピールによって書き留められたレシピの書き起こしも進めたい。今年度収集したAPS所蔵の資料は、管見の限り活字となったことはなく、ましてや日本語に訳出されたこともない資料であり、今後のピール研究、ミュージアム研究にとってきわめて貴重なドキュメントとなるだろう。 2.の新たに収集すべき資料は、(1)ピールの所蔵品に関する手稿資料の追加(APS所蔵のもの。今年度収集したものに引き続き)、(2)ピールの「展示」に関する資料、であると考えている。とりわけ後者の「展示」に関する資料については、ミュージアム内を描いたピール自身の手になる作品(スケッチおよび油彩画)や、フロア・プランが重要になると思われる。ピールの絵画作品から、展示室内部を描いた作品をピックアップしリスト化したうえで、それぞれの展示の構成を検討することとしたい。このビジュアル資料と併せて、ピールの書簡集に登場する展示に関する記述をテキスト情報として整理し分析することで、何をどのように展示しようとしていたのかを読み解くことができるだろう。また、感覚に関する議論の精読とホーディングについての検討は、前述のように、引き続き行う。以上を平成25年度の課題として進めていきたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
おもには、資料収集のための文献購入(物品費)、およびアメリカ現地での調査にかかる旅費の支出を予定している。また、データ整理のためのコンピュータと周辺機器も必要に応じて購入の予定である。
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