本年度は、啓蒙主義期のミュージアムにとって重要な議論であった「理神論」に注目し、チャールズ・ウィルソン・ピールのミュージアムの博物学展示に大きな影響を与えたトマス・ジェファソンの理神論について、彼の手になる私家版聖書『ナザレのイエスの生涯と道徳―ギリシャ語、ラテン語、フランス語、英語の付近書からの抜粋』(1820年、以下『ナザレのイエス』)の検討および日本語版の制作を中心に進めた。 神の存在自体を否定する「無神論」とは異なり、「理神論」は創造者としての神は認めるが宇宙や世界はひとたび創造された後は、それ自身の法則によって動き自己展開すると考える。ピールのミュージアムにおける博物学展示は、リンネによる分類をアメリカで初めて採用したものであったが、それは世界の成り立ちを神の神秘によってではなく、科学(理性)の言語によって説明する理神論をもふまえた展示であった。これに大きな影響を与えたのが、ミュージアムの理事長を務めるなど公私にわたって親交のあったジェファソンである。 『ナザレのイエス』は、四福音書からジェファソンが「理性によってのみ認められる記述」を切り貼りして編集し四言語の同じ箇所を並置した、彼の理神論の粋とでもいうべき聖書である。本年度はその日本語版を制作し、内容の詳細な分析を行った。その結果、奇跡、天使、キリストの復活などといった「非理性的」な記述が節の中のごくわずかな箇所であっても几帳面に削除されていること、一方で福音書間で重複して採用されている記述が19箇所に認められること、四福音書の中でもマタイ書が最も多く採用されており同福音書へのジェファソンの信頼が認められること、イエスの神性ではなく道徳的側面に焦点が当てられていることなどが明らかとなった。これらは先行研究でも言及されてはいるが、日本語版を制作し成果報告書にまとめられたことは本研究の重要な成果であった。
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