研究課題/領域番号 |
24501318
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 静岡県立静岡がんセンター(研究所) |
研究代表者 |
杉野 隆 静岡県立静岡がんセンター(研究所), その他部局等, 研究員 (90171165)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | S100A14 / がん転移 / 浸潤 / 乳癌 / 予後因子 |
研究概要 |
我々は従来の癌転移の概念とは異なる非浸潤型転移モデルを作製し、このタイプの転移に関わる分子としてS100A14を同定した。本研究の目的はS100A14分子と癌の浸潤や転移との関係を明らかにし、乳癌の診断・治療へ応用することである。今年度はマウスやヒト乳癌細胞株を用いてこの分子の機能と癌における役割を実験的に明らかにし、乳癌症例におけるS100A14発現と患者の予後との関係を解析することを計画した。 本年度は、 S100A14が、1) マウス乳癌の転移を促進すること、2) マウス・ヒト乳癌細胞のアクチン線維と結合し、細胞の遊走や浸潤を促進すること、3) 乳癌患者の不良な予後と相関すること、を明らかにした。 1.マウス乳癌高転移性細胞66HMにS100A14に対するsiRNAを発現するvectorを導入して作製した安定細胞66-KD-A14をマウスに移植した結果、肺転移結節数が有意に低下した。このことはS100A14がマウス乳癌の転移を促進することを示している。 2.マウス乳癌細胞66HMやヒト乳癌細胞MCF7のS100A14発現をsiRNAにより一過性に抑制することにより、細胞の遊走やマトリゲルに対する浸潤性が有意に低下したことから、S100A14は癌細胞の遊走や浸潤を促進する機能を有することが明らかとなった。また、免疫沈降法によりS100A14とactin線維との結合性が確認され、細胞骨格系との相互作用があることが推定される。 3.ヒト乳癌症例での免疫組織化学的解析により、S100A14を高発現する乳癌患者は予後が不良であることが明らかとなった。また、ELISA法により、S100A14を発現する乳癌の患者血清中にS100A14蛋白が検出される例が見られた。このことからS100A14は乳癌の予後を予測する血清マーカーになり得る分子であると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は新しい転移関連分子S100A14の機能を解析することと、臨床への応用の可能性を探索することである。 分子の機能解析は、分子探索によって候補に挙げられたS100A14が実際に転移に関与することを確認し、さらにその分子メカニズムをマウス・ヒト乳癌細胞株で解析することを目指している。マウス転移モデルを用いた実験ではS100A14が肺転移を促進することがsiRNAを用いた手法で証明された。また、in vitroの実験ではS100A14が転移を促進するメカニズムの1つとして細胞の運動や浸潤を促進する機能を有していることが明らかとなった。さらに、この分子が主に膜の内側に局在し、遊走先端部ではfocal adhesion部やアクチンストレスファイバーと共局在することが明らかとなり、細胞骨格系の蛋白との相互作用により細胞運動を促進する可能性が出てきている。S100A14の分子機能の一端が明らかになったことにより、本研究の方向性がより明確になったと考える。 臨床的な研究としては乳癌患者約170名の解析が終了し、乳癌におけるS100A14の高発現は10年生存率において患者の不良な予後と有意に相関することが明らかとなった。S100A14の高発現はHER2発現と有意な相関を示し、さらに同じS100ファミリーに属するS100A16の発現とも強い相関があった。また、乳癌患者の血清からもS100A14が検出された。以上より、S100A14が乳癌の予後診断や再発スクリ-ニングのマーカーとして有用となりうることが示され、本研究の最終目的である臨床応用への重要な基礎データになると考える。 本年度の研究によりS100A14分子の機能の概要が明らかになり、臨床的にもS100A14発現の意義が大きいことが証明され、本研究の根管をなす部分が確立された。
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今後の研究の推進方策 |
S100A14分子の発現がヒト乳癌の臨床に意義があることから、研究をヒト乳癌細胞や症例を中心として分子機能の解明と臨床症例での解析を推進する。 1.分子機能解析:(1)細胞運動促進機能:S100A14蛋白がactin線維に結合し、細胞運動を促進するメカニズムを明らかにする。(2)S100A14が関与するシグナル伝達系:S100A14が細胞運動を促進するためのシグナル伝達経路を解明する。また、乳癌症例での検討によりHER2との発現相関がみられたことから、HER2のシグナルにも関与することが予想される。MAPK, PI3K, Akt, などのシグナル分子を中心に解析する。(3)細胞外放出のメカニズム解析:S100A14は基本的には細胞外に分泌されない分子であるが、乳癌患者血清中にはS100A14蛋白がしばしば検出される。この細胞外放出のメカニズムを解明するための実験を行う。(4)S100A14をターゲットにした治療: S100A14分子発現を制御する機構や関与するシグナル伝達系を阻害する分子あるいは中和抗体、antagonist、inhibitor、siRNAなどを用いて乳癌細胞の悪性形質の抑制を試みる。 2.臨床的な解析:(1)乳癌の予後予測診断: S100A14と他の予後因子との組み合わせにより、乳癌の予後を的確に予測し得るシステムを構築する。また、S100A14の発現をより高感度かつ特異的に検出し得る単クローン抗体を作製し、免疫染色による診断の精度を向上させる。(2)乳癌の血清診断法の開発:血中のS100A14を正確に測定できるELISAシステムを作製し、乳癌患者および健常者の血清での検出を行う。S100A14タンパクの血中レベルと乳癌の有無、腫瘍のステージや治療効果と対比し、乳癌の血清診断への応用が可能か否かを検討する。
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次年度の研究費の使用計画 |
当該年度の所要額2,080,068円に対して実使用額が1,899,787円であり、次年度使用額へ180,281円が繰り越された。その理由として、1) 年度の途中で研究の拠点を福島医大から静岡がんセンターへ移行したため、研究計画の遂行に若干の遅れが出たこと、2) 予算に計上していた消耗品を新しい研究室から提供を受けたため、購入の必要がなくなったこと、があげられる。次年度は研究環境が整った状況で研究を推進していくために、前年度から繰り越された研究費を含めて大いに活用していく予定である。
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