研究課題
目的:我々は従来の癌転移の概念とは異なる非浸潤型転移モデルを作製し、このタイプの転移に関わる分子としてS100A14を同定した。本研究の目的はS100A14分子と癌の浸潤や転移との関係を明らかにし、乳癌の診断・治療へ応用することである。今年度はS100A14およびこのタンパクとの相互作用が報告されているS100A16の2つのタンパクに着目し、その発現がヒト乳癌の予後や悪性形質においてどのように関わるかを明らかにすることを目的とした。結果:乳癌症例167例の免疫染色による解析では、S100A14は88例、S100A16は52例において細胞膜に局在する強い発現を認め、両者の発現は有意に相関していた。これらのタンパクの高発現は低年齢・ER陰性・HER2陽性、さらに不良な予後と有意な相関を示した。乳癌細胞株MCF7を用いた実験的解析では、両タンパクは隣接する細胞との接着面と遊走先端部における接着斑に局在を示した。免疫沈降法によりS100A14はF-actinに結合し、共局在することが示された。乳癌細胞株を用いた浸潤能のアッセイでは、S100A14・A16 のノックダウンにより細胞の浸潤能及び遊走能が著明に抑制された。結語:本研究によりS100A14・A16の発現レベルが患者の不良な予後と相関することが明らかになった。細胞株を用いた実験から、両タンパクはF-actinと結合し細胞骨格系タンパクの動態を調節することで癌細胞の運動・浸潤を促進していることが示唆された。S100A14・A16は乳癌の予後を予測するバイオマーカーとして、また治療の標的分子としての可能性が期待できる。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究は新しい転移関連分子S100A14の機能を解析することと、臨床への応用の可能性を探索することである。今年度はヒト乳癌細胞を用いた実験的解析により、S100A14タンパクが結合するターゲット分子がF-actinであることが明らかになり、このタンパクが細胞膜に局在する理由と細胞運動を介して癌細胞の浸潤を促進するメカニズムが理解されるに至った。また、乳癌症例を用いた解析ではS100A14の発現が癌患者の予後に大きく関わることが明らかとなった。S100A14は本来、マウス乳癌転移モデルを用いた発現解析において、転移に関わる候補遺伝子としてクローニングされた分子の1つであるが、昨年のマウスモデルを用いた実験でマウス乳癌細胞の転移を促進することが明らかとなり、今年度の解析ではヒト乳癌の悪性度や予後に関与することが示された。転移関連分子として抽出された分子が実際に機能し、臨床的に有用である例はまれであり、当初の想定以上のデータを得ることができている。
S100A14分子の発現がヒト乳癌の臨床に意義があることから、今後は乳癌の予後の予測や治療の分子ターゲットとしての可能性を探る研究を推進する。1.分子機能解析:(1)細胞運動促進機能:S100A14タンパクがF-actinにどのように結合するのか、また、actin分子を介してどのように細胞運動を制御するのかを実験的に明らかにする。(2)HER2との関連:乳癌症例での解析により、HER2との発現相関がみられたことから、HER2シグナルへの関与が予想される。HER2に関わるシグナル分子を中心に解析する。(3)細胞外放出のメカニズム解析:S100A14は基本的には細胞外に分泌されない分子であるが、乳癌患者血清中にはS100A14蛋白がしばしば検出される。この細胞外放出のメカニズムを解明するための実験を行う。(4)S100A14をターゲットにした治療: S100A14分子発現を制御する機構や関与するシグナル伝達系を阻害する分子あるいは中和抗体、antagonist、inhibitor、siRNAなどを用いて乳癌細胞の悪性形質の抑制を試みる。2.臨床的な解析:乳癌の血清診断法の開発:血中のS100A14を正確に測定できるELISAシステムを作製し、乳癌患者および健常者の血清での検出を行う。S100A14タンパクの血中レベルと乳癌の有無、腫瘍のステージや治療効果と対比し、乳癌の血清診断への応用が可能か否かを検討する。
本年度の研究については、ヒト癌細胞を用いた実験に使用した培養関連の試薬やsiRNA、各種アッセイキット、また、乳癌症例の解析に用いる抗体などは前年度の研究に使用した物品の余剰が十分にあったため、物品関連の支出を抑えることができた。また、次年度に大型の備品購入を予定しており、次年度にまとまった金額の予算が必要であり、次年度へ繰り越しすることとした。実験室の移動に伴い、冷却遠心機の購入を予定しており、今年度の研究費の大半を支出することとなる。また、研究最終年であり、蓄積したデータや研究の成果を論文や海外・国内の学会に発表するために、旅費の支出を増額する予定である。
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