申請者は冷温帯から亜寒帯の代表的な森林生態系を対象に炭素収支の年々変動を制御する植生(生物)要因および環境(非生物)要因の不確実性評価を行うため、炭素フラックスデータと簡易生態系モデルによるベイズ推定解析を行った。対象森林は北海道の代表的な遷移段階初期の若齢林と、遷移後期段階の老齢林、およびドイツの老齢林とした。対象とした5年の解析期間中、各森林では気候の安定な年時変動が見られた一方で、極端気象現象が生じ、若齢林では構造的破壊がみられた。申請者らはこの極端現象に着目し、構造的被害と生態系炭素収支の関係についての解析を実施した。その結果、台風により構造的破壊がみられた若齢林では被害後の翌年には葉量の減少に伴い炭素収支が大きく減少した。しかし、その後に葉量は被害前と同様まで回復する一方で、光合成機能は高まり続ける結果となった。老齢林では若齢林同様の撹乱を受けながらも構造的被害はなく、炭素収支変動も小さく推移した。さらに、異なる気候災害の一つである熱波の影響を受けたドイツ林炭素収支変動の振る舞いを調査し、光合成機能の大きな低下が見られたものの、翌年には回復し平年時同様の炭素収支変動を示した。これらから、一斉倒壊をもたらす大規模撹乱でない場合、植生の撹乱からの復元性は強く、特に先駆種生態系は被害からの高い光合成復元能を短期間に実現することことがわかった。将来の気候変化に伴い自然撹乱の頻度および急変現象の増加が予測される。これらに対し、森林生態系の強い復元性、特に構造的被害を伴った場合もその光合成機能の向上により生態系炭素収支は高くなる可能性が示唆され、本研究から自然撹乱、植生遷移、炭素収支変動との関係に関する定量的な評価が得られた。今後は、同様の撹乱が様々な遷移段階にある生態系の炭素収支に及ぼす影響を予測するための数値モデル開発を手がけることになる。
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