研究課題
放射線適応応答では、細胞の生存率の他に染色体異常や突然変異頻度が低下することから、DNA2本鎖切断修復の正確度が上昇しているものと考えられ、特に非相同末端結合修復(NHEJ)が関与していると推定される。NHEJには「古典的経路」と「代替経路」の2種類の経路があるとされているため、放射線適応応答の過程にどちらの経路が関与するかを検討した。「古典的経路」にはDNA切断の連結酵素の1種であるDNAリガーゼ IVが関与していることが知られているが、「代替経路」の分子機構についてはDNAリガーゼ IIIが関与しているものと推定されている。そこで、これら2つのDNAリガーゼの量を低下させた細胞を作成し、その細胞における放射線適応応答を分析することにした。細胞内のDNAリガーゼ量を低下させるには、RNA干渉法を用いた。DNAリガーゼIII及びIVについて、それぞれ3種類の干渉RNAを用いてRNA干渉を行い、最もDNAリガーゼ量を低下させることができる干渉RNAを検索した。昨年度はウェスタンブロット法を用いて検討したところDNAリガーゼの検出ができなかったため、本年度はRT-PCR法を用いて検出を試みた。その結果、DNAリガーゼIII及びIVともに発現を低下させる干渉RNAを見出した。これらを導入した細胞を用いて、X線照射後の生存率を指標として放射線適応応答を検討したところ、DNAリガーゼIVの干渉RNAを導入した細胞で適応応答が抑制されたことを示唆する結果が得られた。さらに、微小核形成を指標として放射線適応応答を解析したところ、やはりDNAリガーゼIVの干渉RNAを導入した細胞で適応応答が抑制されたことを示唆する結果が得られた。従って、放射線適応応答にはDNAリガーゼIVが関与している可能性が考えられる。
2: おおむね順調に進展している
昨年度は、DNAリガーゼの検出に手間取ったため、干渉RNAを導入した細胞で確かにDNAリガーゼが低下しているかが明らかでなかったが、本年度にRT-PCR法を用いて解析することにより、RNA干渉に有効な干渉RNAを明らかにした。また、放射線適応応答についても、これまでの生存率を用いた解析に加えて微小核形成を指標として検討したところ、生存率の場合と同様に、1種類のDNAリガーゼIV用干渉RNAを導入した細胞で放射線適応応答が抑制されたことを示す結果が得られたが、DNAリガーゼIII用干渉RNAを導入した細胞では、放射線適応応答に関与することを示唆する結果が得られなかった。従って、放射線適応応答にはDNAリガーゼIIIの関与は少なく、DNAリガーゼIVが関与していることが示唆され、これまで詳細な修復機構が明らかでなかった放射線適応応答の機構を解明する上で大きな前進であると言える。全体としては、大きな遅れはなく、おおむね順調に進捗していると考えている。
本年度の研究により、DNAリガーゼIVが放射線適応応答に関与することを示唆する結果が得られたが、この結果をさらに確認する必要がある。今後は、これまで行ってきた生存率や微小核形成以外に、染色体異常や試験管内DNA2本鎖切断再結合反応などの指標を用いて、放射線適応応答を解析して、結果の確認を行う。これまでNHEJの「代替経路」にはDNAリガーゼIIIが関与するとされてきたが、最近はDNAリガーゼIが関与することを示す結果が報告されている。従って、今後はDNAリガーゼIが放射線適応応答に関与するかについて検討する必要がある。特に、本年度の研究によりDNAリガーゼIIIが放射線適応応答に関与しないことを示唆する結果が得られたが、これはDNAリガーゼIIIではなくDNAリガーゼIが「代替経路」に関与していることによるものである可能性があり、この点について検討する。
当初計画ではDNAリガーゼの発現量を検討するためにウェスタンブロット法を用いることにしていたため、抗体を購入する必要があった。しかし、検出が困難であったため、途中からRT-PCR法を用いることとし、それにより発現量を検出することに成功した。当初計画の抗体を購入する必要がなくなったため、次年度使用額が生じた。次年度にはDNAリガーゼIIIとIVについて、染色体分析や試験管内DNA2本鎖切断再結合反応も実施して、放射線適応応答の詳細な解析を行う予定である。さらに、DNAリガーゼIについても検討を行う。本年度生じた次年度使用額については、DNAリガーゼI発現量検討のための抗体購入などに充当する予定である。これらの実験実施のための消耗品の購入に研究費の大部分を使用する計画である。
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Journal of Radiation Research
巻: 55 ページ: 391-406
10.1093/jrr/rrt133
巻: 55 ページ: 690-698
10.1093/jrr/rru011