一組の対向する電極間を単一分子で架橋した「単分子接合」の電荷輸送特性は、伝導電子が分子軌道を介して対向電極へ渡る「軌道仲介型」と、分子をトンネル障壁として透過する「トンネル型」に大別される。本研究では、これらが現れる条件をエネルギー準位接続の観点から明らかにすることを目的とした。 Transition voltage spectroscopy (TVS)は、分子接合の電気伝導特性からエネルギー障壁高さを評価する手法である。しかしながらその物理的な起源には議論の余地がある。これを明らかにすることは、本研究の目的とするエネルギー準位接続と分子接合の電気伝導機構の詳細を解明するために有効である。本研究では、標準試料であるアルカンチオール分子接合を対象に、紫外光電子分光法(UPS)により実測された界面電子構造とTVSとの対応を詳細に調べ、その定量的な解釈に挑んだ。その結果、(i)電極界面に局在したAu-S結合由来の準位の寄与、(ii)分子接合の非対称性の寄与、(iii)正負バイアスにおける異なる準位の寄与、(iv)下地基板からトンネル電流への寄与、が示唆された。これらは、これまでTVS解析において十分に考慮されてこなかった効果であり、TVSの新たな解釈を提示する成果である。 続いて、軌道仲介型電気伝導の鍵となる分子の帯電現象について明らかにするため、銅フタロシアニン(CuPc)/アルカンチオール/Au構造試料の電子構造をUPSにより調べた。その結果、光電子放出によって生じたCuPc+はデカンチオール上でその帯電状態を保持することが分かった。比較的エネルギーギャップの広いデカンチオール上に孤立したCuPcの分子軌道は、軌道仲介型電気伝導を実現することを示唆する。
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