研究課題/領域番号 |
24510296
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
中沢 隆 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (30175492)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | プロテオミクス / 質量分析 / 考古学 / タンパク質科学 |
研究概要 |
現代のプロテオミクスが直面している問題点の一つに、タンパク質の翻訳後修飾(PTM)の同定の困難さがある。特にペプチド主鎖の修飾や切断を伴うPTMはタンパク質の成熟と分解に関わる重要な現象であると同時に解析困難な課題となっている。本年度に実施した研究の成果のうち最大のものは、タンパク質のアミノ末端(N末端)およびカルボキシル末端(C末端)ペプチドの選択的濃縮・分離法の開発過程で発見(正確には再発見)した、トリプトファン残基の温和な条件下におけるスルホン化反応である。これと、前年度に発見したN末端アスパラギン酸残基に特異的な脱炭酸反応とアスパラギン酸に特異的なタンパク質分解酵素(AspN)を用いたペプチドの新断片化法と質量分析法を組み合わせれば、研究目的の「N,C-末端アミノ酸配列同時解析法の実現」が容易になる。 本研究が目的を達成すると、分解と劣化が著しく進行した古代のタンパク質の確実な同定が可能になる。現在方法の開発と並行して、奈良時代またはそれ以前の絹および膠試料の分析を行っている。奈良県明日香村の牽牛子塚古墳から出土した夾紵棺の破片中に絹のセリシンを検出した。その際、試料のトリプシン分解物のLC-ESI質量分析において、通常のデータベース検索では、1万を超える多数のピーク中で目的とするセリシン由来のピークはわずか10本に過ぎなかった。しかし、ペプチド鎖の非酵素的な切断やPTMの可能性を考慮に入れて分析データを見直した結果、セリシン由来と帰属できるピークは30本近くまで増加した。 この結果をもとに、ペプチド鎖の非酵素的分解過程について有機化学的に考察するとともに、考古学的な研究ばかりでなく、生体内におけるタンパク質の分解生成物の分析においても、N,C-末端アミノ酸配列同時解析法の重要性が再認識できたとともに、今後解決すべき課題を見いだした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画以上に進んでいるのが、目的の一つである遺跡や古墳から出土したタンパク質の分析である。計画した時点で予想したペプチド結合の非酵素的な分解が早くも予備的な実験で検出できた。研究目的の「N,C-末端アミノ酸配列同時解析法」の実験方法は、モデルタンパク質を用いた試行段階から、実際の文化財資料に適用するための微量化を検討する段階に移りつつある。しかし、測定装置(ナノ液体クロマトグラフィー/ESI質量分析装置)を使うことによって、操作の超微量化は必須でなくなってきた点で、目的の達成は予想したよりも容易になっている。以上の点で、研究計画は当初の計画以上に進展しているといえる。一方、このように「N,C-末端アミノ酸配列同時解析法」が装置の性能に依存する傾向を強めてしまったため、独自に開発したいくつかの有機化学的手法がかえって分析操作を煩雑にして、方法の汎用化を妨げることが予想される。すなわち、研究のゴールが計画より近づき、研究計画に関係なく分析装置の性能が向上したことにより、研究の達成度は当初の計画以上に高まった反面、実験操作をいかに分析方法に適合させるかという問題点の解決にやや遅れが生じてしまっている。したがって、現在までの達成度の自己点検による評価は、(1)の「当初の計画以上に進展している」と、(3)の「やや遅れている」の中間の(2)の「おおむね順調に進展している」となった。ただし、「やや遅れている」のは単に実験操作の点だけであるので、研究計画全体の達成度にはほとんど影響しない。
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今後の研究の推進方策 |
研究目的の達成度の項で述べたように、平成25年度には計画の中で最も遅れている実験操作をいかに分析方法に適合させるかという問題点の解決に努力する。また、既に遺跡や古墳からの出土品に含まれていたタンパク質の分析で検出した、ペプチド結合の非酵素的な分解箇所を考慮に入れた質量分析結果のデータベース検索法の開発に着手する。そのために、古代の劣化の激しいタンパク質のより詳細な末端アミノ酸配列解析を行い、新規の非酵素的切断個所を確認し、その出現傾向を解析する。分解されやすいペプチド結合周辺のアミノ酸配列に関して一般的な傾向が認められたら、データベース検索において考慮するように、検索アルゴリズムの改良を行う。 新たに開発したN末端アスパラギン酸の脱炭酸反応のメカニズムの解明と、この反応の質量分析によるN-およびC-末端アミノ酸配列解析への応用を図る。具体的な方策として、この反応でN末端のアスパラギン酸のみがラセミ化を伴ってアラニンに変換される。考古学的試料中で劣化したタンパク質の脱アミド化してアスパラギン酸となったアスパラギンの位置は、この方法によって容易に特定できる。 さらに、トリプトファン残基の水溶液中亜硫酸塩によるスルホン化で、トリプトファン含有ペプチドのみを強酸性にすることができる。この反応を利用してトリプトファン含有ペプチドの選択的濃縮・分離が可能で、さらにそのペプチドを負イオンモードでの質量分析で選択的に観測し、アミノ酸配列解析を行うことも容易になると期待できる。そこで、この反応をタンパク質のアミノ酸配列解析法への応用のために反応条件の最適化を行う。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度には設備費は特に計上していない。平成24年度に購入したロトフォア等電点電気泳動装置と、既設の質量分析装置(マトリックス支援レーザー脱離/イオン化ータンデム飛行時間型およびリニアーイオントラップ型ナノLC/ESI装置)を駆使して、目的の「N,C-末端アミノ酸配列同時解析法の開発」の達成を目指す。 研究費のうち、主な消耗品として、質量分析と電気泳動に必要な試薬類と、超微量のタンパク質の取扱いに必要なチップ類、液体クロマトグラフィーのカラム、タンパク質の標識のための重水(D2O)および重酸素(質量数18の酸素)水、重水素化試薬などに充てる。 研究成果の発表と情報収集のための学会(日本蛋白質科学会、日本生化学会、日本文化財科学会)参加を予定しており、国内旅費をこれに充てたい。外国旅費の対象としてアメリカ質量分析学会(Minnesota)を予定しているが、消耗品費との兼ね合いで、別の研究費からの支出も検討している。
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