申請者はこれまで、栽培、在来、野生ワサビとその近縁野生種であるユリワサビの分布状況等を全国約150箇所にわたり調査してきた。その結果、野生種集団における遺伝攪乱の存在が示唆され、保全計画の策定を困難にしていた。そこで本研究では、野生種の集団内をより詳細に調べ、遺伝的攪乱の実態を明らかにすることを目的とした。まず、ワサビとユリワサビが同所的に自生する集団をしぼりこみ、交雑(と考えられる中間的な形態をもつ)個体が存在する群落の形態の変化や動態を調査した。その結果、中間的な形態をする個体は必ずワサビ集団のなかに存在し、通常個体よりも著しく花芽の数が多いことや、顕微鏡観察による形態の多様性が著しく大きいことが示された。また、全国から収集したワサビ属植物の地域集団間の遺伝的類縁関係を母系遺伝である葉緑体DNAの塩基配列比較から明らかにしたところ、ユリワサビでは一部の地域(関東と中国地方)で地理的な分布と系統関係が一致していたものの、一致しない系統も数多く存在していた。交雑個体と考えられる集団を調べたところ、中間体はワサビ型のDNAを持っていたことから、中間体はワサビにユリワサビの花粉がかかってできているという当初の仮説を支持する結果であった。本研究による塩基配列情報と形態および生態学的データから、ワサビとユリワサビ同所的に自生する集団ではかなりの頻度で交雑個体が生じており、遺伝的攪乱が生じた結果、野生集団の遺伝的組成や多様性に大きな影響を与えている可能性があることを明らかにした。
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